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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第38話「空の決着」




 空を駆ける。風の抵抗をものともせずに、二体の魔族が双翼を羽ばたかせ、滑るようにして。一方は蝙蝠のような翼を持ち、軽やかに。一方は重たく分厚い翼で力強く、豪快に。それは本人たちの性格にも似ていた。


「ちょこまかと逃げ回りやがって! 俺とやるのが怖いか、リリオラ!」


「は好きなように言いなさいよ、エースバルトのばーかばーか!」


「このッ……! 言うようになったじゃねえか! 撃ち落としてやる!」


 速度は圧倒的にエースバルトに軍配があがる。しかしリリオラの方が柔軟な機動性を持ち、急な方向転換にエースバルトはついていけない。それが勝敗を決するかといえばそうではない。もし追いつけなかったとしても、まだ手はあった。


 胸を覆う外殻を自ら剥がせば、灼熱を帯びる球体が露出する。煌々と輝かせ、その場に留まったエースバルトが胸を張った直後、熱線を放射した。リリオラが背後を振り返って視認したときには遅く、運悪く片翼が撃ち抜かれる。


「があ……っ! くそっ、やってくれるじゃない……!」


「威勢がいいのは最初だけか、リリオラ。もう逃げられねえな」


 追い討ちはしない。なんとか滞空するリリオラの前で留まった。


「……時間稼ぎすりゃよかったのよ。あんたは強すぎるから、きっとたくさんの人間を殺す。アタシの大好きな人たちを殺す。それは許せない」


 まっすぐ広げた片腕。手の平をくるりと回せば、手の中から蝙蝠たちが渦を巻き、現れた大鎌を握りしめてエースバルトに向ける。


「そのためなら死んだっていい」


 今までは、同じ魔将でもエースバルトを前にすると怖ろしかった。だが克服した。戦える。自分はここで死んでも止めると宣言した。大きな成長だと思った。それをエースバルトは、うんざりした目つきで返す。


「そうじゃねえだろ」


「……? 何、急に?」


「てめえの覚悟はその程度なのか」


 拳を固く、エースバルトはわなわな震えた。


「俺は……お前が憎かった。腹立たしかった。魔族としての形を得て、たった三年で魔将だと。あのミトラでさえ何年掛かったと思ってる。それを軽々と塗り替えて、まだ分からないのか!? 心の底からむかつく女だ!」


 外殻が紅く燃え、罅が入っていく。


「その才能を持ちながら、いつもお前は臆病な目でミトラや俺を見る! 俺が五十年以上も掛けた時間をてめえは軽々と塗り替えた! なのに、自信を持たない! 今でさえそうだ。お前は俺に勝てないと最初から諦めていやがる!」


 いつも腹が立った。強いくせに弱者と同じ振る舞いをする事が。心の弱さが。さらに実力をつけて帰ってきた今でさえ、なおも変わらない。時間が稼げればいい。死んでも構わない。違うだろ、とエースバルトは悔しかった。


「お前が本気で勝つ気がないなら、お前も、お前の仲間も! 焼き尽くすだけの事だ、リリオラ! 魔性解放────《アティトラン・ギータ》!」


 噴き出した魔力さえ溶かすマグマをリリオラは羽ばたきひとつで弾き、距離を取る。片翼を撃ち抜かれた事で機動力は完全に失われてしまったが、地を這うほどではない。墜落する事はない。────否。それは甘えだ、と再認識する。


「そう……。そうね、その通りだわ」


 負けてはいられない。退いてはならない。命を簡単に捨ててはならない。諦めてはならない。なぜなら────人間ならば、最後まで戦うから。アデルハイトなら、絶対に命を擲ってでも倒そうとしたからだ。


 今一度、己の胸に聞く。愛する人々のために、愛する世界のために、愛する魔界のために、愛する友人のために。何が、できるのか。


「暗闇より出でよ、夜を支配する翼よ。魔性解放。────《ムルシエラーゴ・エレボス》! 此処より成るは闇の覇者、アタシがあんたを倒す者!」


 鎌が蕩けるように消えると、リリオラの真正面に黒い小さな球体が現れる。エースバルトも初めて目にするリリオラの魔性解放。どんな能力があるのか見極めようとした瞬間、視界が暗闇に染まった。


「……!? 見、見えねえ……!」


「当然でしょ。空に生まれた暗闇はアタシの世界、アタシの支配権」


 何も見えずとも右腕が斬られたと分かる。マグマの溢れる体を以てしても、リリオラの飛翔する斬撃は溶かすよりも速く切断するため防ぎようがない。


「この、どうなってやがる!? なぜ炎を纏っても何も見えないんだ!」


 今度は足を斬られる。明らかに不利だと分かり、首を上に向けた。


「(飛ぶしかない……まずは此処を脱出する……!)」


 しかし、飛べども飛べども暗闇から抜け出す事ができない。間違いなく移動しているはずが、一向に空を掴めない。


「無理よ。エースバルト、此処はあんたの考えている領域じゃない。結界なんかでもない。ただ方向感覚を狂わせ、アタシ以外の視界を奪う能力。進んでいるつもりが戻り、戻るつもりが進み、まっすぐのつもりがうねる。複雑に飛んだとしても同じ事。暗闇は常にあなたを中心へ引き戻す。出る方法はないわ」


 絶対的な暗闇の支配者。創り出した領域でじわじわと相手を狩る。それがリリオラの能力。ただしそれは、自分自身の命を削りながらの諸刃の剣。まだ未成熟なリリオラの体では持って数分。それまでに片付けなくてはならなかった。


「……大丈夫、アタシは絶対に勝つ。次は首を断ち切る!」


 狙いは正確。視界は良好。だが────。


「甘いんだよ、リリオラ。貴様(・・)のやる事はやはりまだ未熟らしい」


 全身からマグマが噴き出す。一歩踏み留まるのが遅れていれば、リリオラは全身に浴びて溶けていた。慧眼に救われ、それと同時に重傷を負った。急いで領域を離れたが、片腕が真っ黒く焼け焦げた。


 痛みに叫び声をあげそうになる。口端が噛み切れるほど食いしばって耐えたが、暗闇は消えていく。領域を維持するのには肉体の損傷が激しい。飛び散ったマグマであちこち火傷もしていて、魔族だからこそ生きていたとも言える状態だ。


「くっ……ふ……ううぅぅ……!」


「よく耐えた。────見事だ、リリオラ。やっと本気で向き合ったな」


 暗闇の中、何度も切り裂かれたエースバルト自身もかなりの痛手を負った。片翼は斬れ落ち、全身に斬撃によるいくつもの深い傷がある。それでも生きている。龍種の生命力は並大抵の魔族を超え、まさに頂点と言っても過言ではない。破壊力に欠けるリリオラでは仕留めきれなくても仕方のない事だった。


「あ、アタシの負けってわけ……! ふふ、最悪。皆に謝らなくちゃ」


「……いや、その必要はない」


 ぐらり、とエースバルトが姿勢を崩す。


「俺はもう戦えない。お前の勝ちだ、リリオラ」


 熱が冷め、再び外殻のある姿へ戻ったが、もう戦える状態ではない。鎌を握りしめて放さず、まだ戦意を捨てなかったリリオラに賛辞を送った。


「俺は元より決着をつけたかっただけだ。魔界の未来も、人間の未来も、今はどうでもいい。俺を痛めつけてくれた人間に再戦を挑みたかったが、貴様に負けたのなら変わりはねえ。……行け、仲間が待ってるんだろ?」


「エースバルト……。ねえ、あんた協力してくれる気とか……」


 調子に乗ったリリオラの頭を、大きな手がバシッと軽く叩いた。


「俺は魔族だ。その誇りに変わりはねえよ。後は好きに────いや、待て。逃げろ、リリオラ! こいつはやば……!」


 気配を素早く察知したが、逃げ切れないと分かるとエースバルトは咄嗟にリリオラを抱き、巨大な尾を巻いて包むように守った。


「え、何、エースバルト!? アイドルにおさわりは厳禁だから!」


「馬鹿を言うな、しっかり耐えろ!」


 突然、身の毛もよだつ巨大な魔力を感じる。それから、急激な重力の変化。エースバルトの体に包まれながら、僅かな隙間から勘付く。


「嘘でしょ……なんで……ローマン!?」


 間違いなく魔力はローマンのものだ。重力波がエースバルトを襲い、地面へ音速で落下させる。空では胸のポケットから櫛を取り出して、髪を後ろに梳きながら、冷たい視線で落ちていくエースバルトたちを見下ろした。


「やれやれ、これだから龍は嫌いなのだ」

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