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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第36話「増援」

 空を見上げれば、リリオラが翼を羽ばたかせて空に浮いている。エエースバルトは自分を見下ろして小馬鹿にしたような笑みを見せるリリオラに強い敵意を抱く。これまで一度たりとも俺に敵わなかった奴が偉そうに! と、拳の外殻が熱を帯びて紅く染まっていった。


「お、おい……こっちは無視か?」


「悪いが貴様は後だ。あの生意気なクソガキから片付けてやる!」


 リリオラを追いかけていったエースバルトに困惑しながらも、アデルハイトはそればかり気にしていられないと空を見上げた。魔力の天蓋は破壊され、次々と王都に魔族が侵入を始めていた。


『こちらマチルダ! 現在、第七地区、第八地区共に襲撃を確認! 主要戦力は不在、誰か手が空いたら救援をお願いします!』


 やるべき事は山積みだ。考えるよりも先に体が動く。大通りを抜けて第七地区へ向かう途中、巨大なクレーターの上を通った。何もない。何も。そこにいたはずのヨナスたちの姿は、面影さえ残さず消滅させられていた。


「……くそっ。急がないと、これ以上の犠牲は願い下げだ……!」


 戦況が徐々に悪化していく。魔族の強さは大魔導師が数人程度では話にならず、各拠点で被害があがり始めた。せめてもの救いなのはリリオラがエースバルトの気を惹いて遥か上空へ飛んでいった事。おかげで上位の魔族たちはまだ少なく、アデルハイトも辿り着いた第七地区で多数の魔族を瞬時に撃破できた。


「助かりました、ヴィセンテ卿! 此処はもう大丈夫です!」


「了解。各自、結界を張って本部まで撤退しろ。まだ第二波が来る」


「わかりました! 現在は第九地区も落ち着いたそうです!」


「誰か来てくれているのか?」


「はい、先ほどこちらの通信で阿修羅様が掃討したとの情報が来てます!」


 頼りになる、と自然に笑みが漏れる。だが落ち着いている暇はない。すぐにマチルダから次の通信が入った。


『北門、突破されました! 現在、精鋭戦力のディアミド・ウルフならびにアンニッキ・エテラヴオリが交戦中、状況は優勢ですが負傷者多数!』


 強いとはいえ敵の数が多過ぎる現状に、どこも手は足りていない。各拠点を皆が回っては、次の魔族たちが押し寄せるの繰り返しだ。


『────門を抜けて新たな魔族を千体以上が超高速で接近中! 数秒以内に接敵、第三波です! 先程よりも高い魔力反応複数!』


 厄介だな、と舌打ちする。およそ数千の魔族を数回に分けて送り込み、その強さをあげながらじわじわと戦力を削る。魔族とは思えぬ狡猾で知的な手段だ。いくら多くの魔族が知性を持つとは言っても、その本質は暴力と誇りで生きている。前任の魔族が死んだとしても自分はさらに強いと信じて疑わない。


 その習性はどうにもならないものだ。獣が持つ本能にも似ていて、メルカルトという悪辣な首魁の言葉に耳を貸して心を奪われ、破滅へと向かっていく。


『こちら第六地区防衛拠点! こ、高魔力反応が────』


 通信が途絶え、火柱が上がった。魔族の中でもより強力な種が何体か送り込まれているらしく、派手な交戦状況に『もはや仲間を守っている余裕はないぞ!』と各所で声が出た。それは仕方ない事だ。負傷者を守って死んでは元も子もない。戦場は管制塔の役割を果たす情報部の言葉よりも現場の独断によって戦闘行為が行われてしまった事で、天秤は魔族が優勢だと傾いた。


「まずいな……! どうすればいい……!」


 アデルハイトも撃破までに時間が掛かり始める。一筋縄ではいかない者ばかりになり始めて、第三波によって多くの拠点の状況が厳しくなる。これで第四波まで雪崩れ込むのは非常に危険だと考えた。


『あ、あー。聞こえておるかのう、てめえらよ』


 全通信に強引に魔力を拡散させて割り込んだ八鬼姫の声が響く。


『現在、さらに第四波が北門に到着したようじゃ。ディアミドたちが負傷兵を連れて後退しておるが────ここで嬉しい報せ。援軍が到着したらしい』


 通信が戻ると、マチルダが全域に緊急の報告を行った。


『全軍へ通達! 北門を目指す新たな高魔力反応を確認……集団です! これは────扶桑の鬼人たちです! 援軍に来てくれた、助けだ!』


 扶桑の鬼人族が総出になって、北の海を渡り、はるばる援軍に駆け付けた。八鬼姫が呼んだのではない。阿修羅が声掛けをしたわけではない。彼らは自分たちの国主が朋友のために戦場に立つのに、じっとしていられなかった。


「いけ────ッ! 国主様の御友人は我々の友人だ、突撃せよ!」


 大勢の鬼人たちの先頭に立つのは、呉服屋の勇蔵(いさぞう)だ。アデルハイトたちと出会い、彼女たちの力になれるならと呼びかけたのが彼だった。


 王都の空を飛び交う飛行種の魔族たちを相手には難しくとも、地上戦において彼らほど強力な味方はいない。阿修羅や左舷、右舷ほどではないにしても、鬼人とはそもそもから個々が人間の基本的な身体能力を遥かに上回る者たちばかりだ。


 遠くは王城から状況を眺める八鬼姫が、煙管から灰をポトッと落とす。


「おうおう、随分と勢いの良い。やはり火事と喧嘩は江戸の華、ってな! こいつは俺様もジッとしていたら申し訳ねえってもんだ!」


 九本の尾がふわりと燃えあがる。八鬼姫は煙管を空に投げ、テラスから跳んで一気に王都の中心、空を飛ぶ飛竜種や蝙蝠種などの魔族たちが渦巻く中へ飛び込み、手をぎゅっと組んでから、放るように広げて腕を伸ばす。


「爆ぜろ!────《百花繚乱(ひゃっかりょうらん)焔花(ほむらばな)》!」


 花火のように散った炎が次々と魔族たちを直撃して、瞬く間に焼き焦がして大地へ落としていく。数百はいた魔族が、八鬼姫によって墜落する。


「おう聞けい! よう持ちこたえた、第三波、第四派の雑魚共は我ら扶桑の者も手を貸してやる! 今のうちに戦況を整えよ! ここからが本番じゃ────」


 ふと、背後に差し迫った気配に気付いて振り返った。


「────気配を消すのが上手すぎるな、てめえは」


 しくじった、と八鬼姫は舌打ちする。背後に現れたメルカルトがぽん、と肩に触れると黒い渦の中に体が吸い込まれていく。抵抗すればするほど魔力を削ぎながら異空間へ閉じ込める異質な呪いの能力を持っていた。


「悪いね。おじさん、あんまり強くないからさ。少しだけジッとしててよ。君ほどの怪物を捕えたままにはしておけないが、時間稼ぎにはなるだろ?」


「ハッ……構わねえさ。てめえはどうせ負けるとも。アデルハイトにな」


 抵抗はしない。出ようと思えば多少は時間を要するが確実に出られる。だが、そうまでせずともアデルハイトは必ずメルカルトを倒すと確信している。未来を見た以上、よほどのイレギュラーが発生しない限り絶対に辿り着く真実だ。


「どうだろうな。おじさんは色々知ってるからね。君らがヴィンセンティアとつるんでいた事も、今はもう頭に入ってる。残念だったね、未来はもう非確定だ」


「────貴様、どうやって俺様たちの事を」


 メルカルトはにこりと笑って、すっと懐から────目を取り出す。


「探すのは骨が折れたよ。流石は元魔将の星(シバルバー・ロード)と言うべきかな、瀕死のくせに抵抗が激しくって。すっかり時間を稼がれたけど、でも全部見せてもらった。もう君たちの思い通りにはならない」


「それは……、それはヴィンセンティアの目か! てめえどこで……!」


 吸い込まれながらも腕を伸ばす八鬼姫から一歩だけ退く。


「おっと、怖い怖い。だけど終わりだ。君はこの世界の住人じゃない、邪魔はしないでもらおうか。君たちの計画もここで潰す」


 くしゃ、と目を握り潰してメルカルトは嘲笑った。


「未来は僕が変えてあげよう。この世界に相応しい未来にな」

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