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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第35話「戦争は始まった」

 指示を出したら、それぞれ町の観察か、自分が必要になりそうな持ち場へ向かった。アデルハイトは全員が出発するのを見届ける。ひとり欠ける事もなく絶対に生き残れる保証はない。もしかしたら此処で顔を合わせるのが最後の可能性だってある。どれだけ自信に満ちていても不安は消え去らない。


「アデルハイト。お前もこれから北門に?」


「ああ、顔を見ておきたくて」


「戦争が終わったらいつでも見られるさ」


「……そうかもな。では行ってくるよ」


 ユリシスの腕をばしっと叩いて、にかっと笑う。杖を振ってポータルを作り、別れを惜しみつつも潜った。甘えてばかりはいられない、と。


 北門は騒がしく、門を固めて兵士たちが緊張の面持ちで待機している。その地位に関係なく、魔導部隊所属の面々は情報部以外の全員が町中に展開された。


「おう、アデル! こっちだ、こっち!」


「ディアミド!」


 大きく手を振って、槍を肩に担ぐ姿を見つけたアデルハイトが駆け寄った。


「もう体は大丈夫なのか。他の皆は?」


「見ての通りバッチリだぜ。アンニッキはあっちこっち周って、医療部隊と一緒に兵士のメンタル回復に勤しんでる。これまでに十回は侵攻があったから、どいつもこいつも疲弊しきって、今度こそ死ぬんだなんて呟いてやがるんだ」


「なるほどな。八鬼姫のおかげで最初のうちはよかったと聞いたが」


 ハッ、とディアミドが思い出して鼻で笑った。


「ありゃひでえもんだったぜ。千を超える魔物が一分足らずで消えちまうんだ。おかげで馬鹿な連中が頼り過ぎたもんで、奴さんが手を引いちまった。今の状況は自分たちが招いた結果だ、何を言ったって仕方ねえさ」


 いきなり魔物たちと戦わされた兵士たちは統率も取れず右往左往して、結局はディアミドたちに救われた者ばかりだ。それも次第に戦えるようにはなってきたが、回を重ねるごとに侵攻は激しくなり、動けなくなった兵士も多かった。


「しかし驚いたぜ。魔界の門があんなにずっと開いてるなんて異常だ。八鬼姫って奴が、何度もこじ開けられて封印が壊れかかってるとか言ってたが」


「そういう事か……。もう既にこちらへ侵攻は始まっているそうだ。戦闘準備の方は滞りなく進んでいるのか? 一刻ほどで到着すると言っているが、もっと早いはずだ。魔族にもリリオラのように速度に特化した者もいるからな」


 ちょうどそこへ通信魔石が光りを放った。


『緊急伝令! アルファ地点通過により敵勢力の数、二千と判明! そのうち三分の一ほどが王都へ高速で接近しています! 兵士各位は至急戦闘準備を!』


 場がざわつく。先ほどまでは緊張や不安、恐怖で潰れていた者たちも、ここまで来たら戦うしかないと青白い顔をしながら覚悟を決めて急いで配置につく。アデルハイトたちのところへは、医療部隊との作業を終えてアンニッキが戻ってきた。


「まったく忙しいったらありゃしないな。やあやあ、元気かな?」


「ああ、とても元気だよ。そっちはどうだ」


「もちろん元気さ。君のおかげでこうして生きている」


 メルカルトの手によって落とすはずだった命を救われたアンニッキは自身の救われた命を無駄にする事はできない、と魔物との戦いでも控えめに常に魔力を温存し続け、来たるべきときのために魔力を蓄えていた。


「普段よりも調子が良いくらいだ。君たちを泣かせる真似はしないさ」


「信用してもいいんだろうな?」


「あっはっは! 言ってくれるね! さあ、話はここまでだ、君も君の仕事を頼む。私たちだけでは王都全域の防衛には手が足りないんだ」


 あまりにも広い王都の各拠点において、その全てを魔族から守り切れるほど主戦力の仲間は少ない。ミトラたち魔族を加えても三十人に満たない。そのうえ守りながらの戦いとなると全力で暴れるのは難しく、門に留まれる人数は限られている。アデルハイトは頷き、町の中心部にヨナスたちの部隊が集まっていると聞き、すぐさま防衛のために合流するよう急ぐ。


『ベータ地点通過、到着までおよそ十五分です!』


 魔界の門から魔族が現れて既に三十分が経過している。残り十五分で到着と言われるとアデルハイトも流石に気が急く。


「アデルハイト卿。小さいくせに随分とたくましい顔つきになったな」


「憎まれ口はいつまでも老いそうにないな、ヨナス」


 相変わらずの古臭い顔だとアデルハイトがからかうと、ヨナスも可笑しそうにする。二人共、ベテランとしての風格がしっかり現れていた。その落ち着きぶりは他の兵士たちに安心感さえ与えた。


『第一波確認、来ます! 先頭は数体の龍種と断定!』


 王都に張られた巨大なドーム状の結界に魔族たちが一斉に突撃する。八鬼姫が手を出した結界は頑丈で、そう簡単に破られはしない。内側からの干渉は受けず、魔導部隊による迎撃が始まった。


「撃て撃て撃て────ッ! 魔力を出し惜しみするな、相手は魔族だ!」


「目標、回避行動に移りました! 雷属性の魔法で追撃を試みます!」


「魔力が枯渇した者は下がって補給魔石を使え! 攻撃の手を休めるな!」


 兵士たちの勇ましい声が、魔法による爆裂音が響く。


「アデルハイト。此処は私たちで問題ないだろう。北門へ行け、此処よりも正面の方が明らかに数が多い。ディアミドとアンニッキも外には出られんはずだ」


「しかし……」


 アデルハイトは心配なのだ。ヨナスたちも十分に戦ってくれているが、ディアミドやアンニッキと比べればはるかに戦闘能力は劣る。今も魔族を追い払うので精いっぱいの状況で持ち場を離れるわけにはいかなかった。


 だが、それでもヨナスは首を横に振ってアデルハイトの肩を持ってくるりと北門まで抜ける大通りへ向けて「行ってこい。お前の家族だろう」と言われると、アデルハイトも断り辛い気持ちになる。


「……わかったよ。そこまで言うなら状況確認くらいはしてくるさ」


 そう言って大通りを駆けていく。振り返り、ヨナスが手を振っている姿を見て安心する。心からの信頼できる仲間。出会いこそ悪かったが、お互いに口下手なだけで理解してみると意外と悪い男でもなかったな、と。


 しかし、ときに現実は容赦なく絶望を叩きつけた。空に輝く一筋の光と共に緊急の伝令が伝わった。


『い、異常な高魔力反応を検知! 王都の……真上!? 何かが降下中! ジュールスタン卿の部隊は緊急退避を────』


 結界が貫かれる。空から隕石のように落ちた怪物の手によって灰燼に帰す。衝撃波が猛獣の雄叫びの如く吼えて町を抉り、小さなクレーターを作った。アデルハイトは咄嗟に結界を張って衝撃波に耐えたが、目の前の惨状に絶句した。


「馬鹿な……。ヨナス……!」


 白い外殻が灼熱を帯びて紅く染まり、巨大な尻尾が大きく振り下ろされて地面を叩く。遠目にも分かる危険な魔力にアデルハイトも表情が険しくなった。


『結界突破されました! 魔力反応を確認、龍種……! 個体名『エースバルト・イスクル』と断定! 繰り返します、結界が突破されました! 負傷兵はただちに身を隠すか、退避をお願いします! 繰り返します────』


 大きな一歩がアデルハイトへ近付いていく。ぎらりと闘志に燃えた瞳は、それから周囲を何か探すように見渡して────。


「貴様がアデルハイトか。殺せという話だが……メルカルトの指示に従う気はねえ。ディアミドとアンニッキ、あの二人はどこだ?」


「わざわざ言うと思うか?」


 エースバルトはくっくっ、と笑って、それもそうだなと頷く。


「いいだろう。なら貴様から喰らって……」


 頭上から降り注ぐ無数の斬撃にエースバルトの外殻が僅かに傷つく。言葉を遮られて、怒りを覚えたエースバルトが頭上を見あげた。


 空で大きな翼を広げて羽ばたく少女が、きらりと輝く瞳に宿敵を映す。


「はぁい、エースバルトちゃん。アタシと遊びましょ?」

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