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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第34話「少し安心する」

 魔界の門は開き、魔族たちの侵攻が始まりを告げる。今回は魔物とは違う、もっと強大な敵が大勢やってくる。覚悟は決まった。たとえ命尽きる事あろうとも、まぞくにだけは負けてはならないと恐怖心を握り潰す。


「皆、ちょっと待ってくれないか」


 ユリシスが出発しようとする彼らを呼び止めた。


「まずはこれを人数分受け取ってくれ。戻ってくると思って用意させた」


 腰に提げていた小さな布の袋からイヤリングを取り出す。


「ユリシス、これは?」


 黒曜石の美しいイヤリングは、ただの装飾品に見えた。


「通信魔石をあしらったイヤリングだ。戦場にいる兵士たちにも円滑に状況を伝えられるように準備させたもので、帝国領からある程度の距離ごとに大きな魔力に反応する装置を置いてきたんだ。これで接近までの明確な時間と、魔族たちを個々に識別できる。とはいっても、そのへんは扱う大魔導師の腕によるんだが」


 なるほど、と全員がその場で装着してみせる。アデルハイトは耳に付けるアクセサリーは初めてで、少しの違和感を覚えて指で触ったりした。


「情報を伝えてくれる大魔導師はどんな奴なんだ?」


「ああ、とても優秀な奴さ。お前もよく知ってる。まだ学園を卒業したばかりだが、既に大魔導師に抜擢されて今回でも情報伝達の任務を与えられた」


 卒業したばかりの知り合いは二人いる。一方は医療に携わる魔法使いなので、おのずと候補は絞られてアデルハイトは納得の顔を浮かべた。


「マチルダか! 良かった、元気にしていたんだな!」


「とても。今じゃ軍の大魔導師で、魔導中隊長だよ。立派なものさ」


「出世の早い奴だ。私とは違う」


「お前は何もしなかっただけだろ? まあいいさ、これで準備は出来た」


 戦いで情報の共有は最も重要だ。ひとつでも間違えれば混乱を招く。マチルダがその大役を任されたと聞いてアデルハイトは内心、大きく喜んだ。かつての友人が、戦いに恐怖して震えていた少女がよく成長してくれた、と。


「ではでは行きましょお~! アデルハイト様、あなたが私たちのリーダなのでえ、ここはぜひともご指示を仰いでもよろしいですか?」


「……あんまりそういう柄じゃないんだが」


 他に立候補はいないか、チラチラとルシルやユリシスなど他のベテランに目を向けたが『他に誰かいるの?』と、すっとぼけた様子で返されてしまった。


「くっ、仕方ない……! わかった、簡単にしか言わないからな!」


 こうなればやけだ、と皆の前に出て杖を強く握り、石突が床を叩く。


「私たちの敵は魔族の大軍勢。それを率いるのは魔人種であるメルカルト・チュータテス及び龍種のエースバルト・イスクル。奴ら全てを討伐し、私たちは私たちの世界を勝ち取る。ゴールはそれ以外にない。今から二時間もしないうちに奴らは到着するだろう。皆には王都で疲弊した兵士たちの手助けを頼みたい」


 ヴェロニカがひょいっと手を高くあげた。


「なあなあ、それって最前線のメンバーは決まってるって事か?」


「いいや。ただ魔族の数はおそらく数千に届くはずだ。首魁であるメルカルトを叩く前に数を減らしておく必要がある。既に城壁には多くの戦力が配置されているから、私たちはまず、仲間に背中を預けられるような状況を整えたい」


 後ろを気にして戦えば命を落とす事になる。事前のミトラの見立てではメルカルトは高みの見物をしながら、時が来るまで待っている可能性が非常に高く、ほぼ間違いない。攻めて来るのはエースバルト単騎のみとの予想だ。


 アデルハイトは鵜呑みにしたわけではないが、それを信じた。


「まだ時間はある。此処に来たばかりの者は見て回って町の構造について多少でいいから知っておいてくれ。私も、何人かに挨拶に────」


 チリチリと耳元で通信魔石が光り、アデルハイトが言葉を切った。


『あっ、あー。あー。なあこれ繋がったのかよ、マチルダ?』


『繋がったみたいですよ。ディアミドさん、アデルに何話すか決めましたか』


『え? いや、何を話すべきかねえ……』


『はん、喋る事がないならどきたまえよ! 聞こえるかい、アデル! 君のお母さんの代役、アンニッキ様だ! 無事帰ってきたみたいだね!』


 安心感のある三人の声が聞こえてきて、高揚していた気分が落ち着いていく。これから戦いだというのに騒がしいのはいつもの事だ。この安穏とした空気は、アデルハイトをいつも支えてくれた。


「久しぶりだ、アンニッキ。お前の声が聞けて嬉しいよ」


『おいおい、俺はどうした。父親の方が先じゃねえのか!?』


「もちろんディアミドも。皆どこにいるんだ?」


『アタシは軍司令部で今は待機中。これから魔族の接近に備えるよ』


『俺とアンニッキは北門だ。会いに来てくれんのか?』


「これから行くところさ。ちょっと待ってろ、私も早く会いたいんだ」


 通信が終わると、アデルハイトの微笑みに穏やかな空気が伝播する。


「ふふ、緊張感がなくてすまないな。では各々、頼んだ通りに動いてくれ。戦場でまた会おう。全員、武運を祈る!」

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