第33話「戦場への覚悟」
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王都は物々しい雰囲気に包まれていた。既に各門と町中のあちこちに王国軍の兵隊が配備され、各門の防衛には大魔導師たちが構えている。十数回の魔物の襲撃を経て多くは疲弊しており、いつに魔族が来るかもしれないという恐怖心と戦い、夜も眠れない状態が続いているのが現状だった。
王城ではユリシスが緊張の面持ちで、テラスで町を眺める国王の傍へ報告にやってきた。びしっと襟を正してファウロスが振り返るとお辞儀をした。
「おお、ユリシスよ。状況はどうだ?」
不安そうなファウロスにユリシスは包み隠さず報告する。
「既に各所の兵隊は緊張状態から戦闘不能に陥った者が多数。現在は最低限の人数を配備。襲撃の中心と思われる北門には六天魔阿修羅と右舷、左舷。そこから町の各ポイントには聖女エステファニアや、神秘の魔女アンニッキ・エテラヴオリが。他に大陸制覇の大英雄に加え、同等の戦力がそれぞれ警備にあたってくれています。今のところ問題はありませんが……時期的にはそろそろ覚悟を決める頃かと」
王都から市民は退去している。今回の件について中立派として南に構える共和国へ使者を送ったところ『帝国の状況も聞き及んでいる。大陸全土に渡る問題での協力は惜しみなくさせてもらう』と快い返事を受け、一時避難という形での大移動を行った。現在、王都には軍隊と戦力になる者だけが残っていた。
「……そうか。そろそろ、余も見届ける覚悟をせねばならぬか」
「市民と共に退避なされてもよろしかったのでは?」
「それはならぬ。たとえ泥に塗れた謀略の世に生まれたとて、余も国の主なれば。ここで引き下がる事などあってはならんのだ。命を落とそうともな」
善悪の問題ではない。国王となったからには、その責務を果たすために、たとえ市民が捨てようとも自らだけは国に留まるのだ。だからこそファウロスは多少なりとも狡く生きたとしても誇りだけは捨てず、厚い信頼を得ていた。
「かっかっか、戦えぬ年寄りが死んでも良いと都に残るとは、随分と勇ましいものよ。国主としては出来が良いようじゃのう」
「おお、八鬼姫殿。そなたも見届けに参ったのか?」
最初から戦わないと宣言した魔族である八鬼姫は、しかし数回にわたっての魔族侵攻に対処したとして手厚く迎えられている。煙管をくわえ、町を眺めながら、これが最後になるかもしれないと感じた。
「俺様はやはり手は貸せぬのだ、許せ」
「この国の問題だ、そなたに戦えと命ずる方が礼を欠いておる」
「フ……、肝が据わっとる。なに、死んでも俺様は記憶に刻もう」
ふーっと煙を空に吐き出して、八鬼姫はユリシスに尋ねた。
「それでアデルハイトはまだ戻らんのか?」
迎えに行った方が良かったかと渋い顔をするとユリシスはくすくす笑った。
「実は報告がありまして────」
ちょうどそこへポータルが開き、アデルハイトを先頭に出発していた面々と新たに仲間に加わったオフェリアとヴェロニカが現れた。
「すまない、随分と遅れてしまった」
「ふん、バカンスを満喫しておる余裕はあったようじゃな」
「いやその……。面目ない」
誰かのせいにするべきではないなと口を噤む。
「まあまあ良いじゃありませんかあ。こうやって集まれたわけですしい……。それより状況ってどうなってます?」
オフェリアが、落ち込むアデルハイトの背中をぽんぽん叩きながら八鬼姫に尋ねる。遥か北の大地の空には巨大な紋様が浮かび上がり、王都からでさえ視認できるほど巨大な魔界の門が完全に開かれるまでの時を刻んだ。
「開くまでに半刻。連中がこちらに到達するまで一刻。王都の戦闘準備は整っておるが、主要戦力以外は殆どが疲弊しきっておる」
「お前が手を貸してくれていても、それほど厳しい状況だったのか」
びくっ、と八鬼姫の体が小さく跳ねた。まさか、とジト目を向けると気まずそうに頬を掻きながら「三回目くらいから何もしとらん」と答えた。
それにはきちんと理由もある。八鬼姫たちがあまりにも軽々と一掃してしまうので、勝利に対する士気はあがっても戦わずに守りに転じてしまう者が増えた。戦うべき者が戦わないのでは話にならない、と八鬼姫が手を引いたのだ。
「腑抜けた戦い方では、たとえ疲弊していても緊張感を持って戦うのと比べれば明らかに恐怖に対する抵抗力が違う。既に何名かが大怪我を負ったが、それもまた皆にとって必要な経験となる。知らぬ痛みを受けたときが最も痛いものじゃ」
ルシルがうんうん、と深く頷いた。
「その通りです。六年前の戦いで大勢が命を落とし、今や半数が新人と言って過言ではありません。平和になってからは戦闘経験も殆どありませんし、実戦で学ばせるには丁度良い機会でしょう。被害はあまり出ていないのですよね?」
「もちろん。強すぎる連中のおかげで、目立つような大物は先に駆除されとる。とはいえ問題は本番よ。敵は魔物なんぞの比ではないからのう」
紋様の輝きが強くなる。いよいよ戦いのときがやってきた。
「おー、あれかよ。すげえな!」
ヴェロニカが遠くを楽しそうに眺める。これから先に起こる戦いがどんなものか、想像は容易だ。戦えない国王ファウロスにとっては恐怖の象徴でしかなく、アデルハイトたちがなぜこれから死地へ向かうも同然だと言うのに意気揚々と、自信に満ち溢れているのかが不思議でならなかった。
「そなたらは怖ろしくないのか?」
純粋な問いに、代表してアデルハイトが杖を手に握りしめて答えた。
「ここまで来たならやるだけの事さ。背負ったものがあるのなら戦うしかない。恐怖心など二の次だよ、国王陛下。────我々の勝利を祈ってくれ」




