第31話「忠告」
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「はあ~、そりゃ大変だなァ。それで本番の日にアタシらも一緒に戦ってほしいなんて話を持ってきたわけだ。あの蜘蛛女も随分と切羽詰まってたんだな」
セレスタン手製のカレーを頬張りながら、さして興味も感じない話をするヴェロニカに、アデルハイトは申し訳なくなった。
「すまない。他所の大陸の事なんだから自分でなんとかしろとは思うだろうが、こちらとしては万全の状態で挑みたいんだ。相手が相手だからな」
「それはいいですけどお……。でも、だからって魔族と組むなんて……」
事情を伝えると彼らが最も難色を示したのが、ミトラたち魔族とも手を組んでいる事だ。戦うべき相手であるはずの者たちと共闘関係にある事が些か引っ掛かった。特にセレスタンは「裏切るだろうな」と断言したのだ。
もちろんアデルハイトたちはそんな事はないと否定したが、見解は真逆で理解は得られない。魔族は決して肩を並べられる者ではないと、そう言って。
「いいかね、君たち。私も君たちの意見は尊重してあげたい。しかし魔族は所詮魔族に過ぎない。もちろん、我々も例外は知っているが……」
シャーリンが水を飲み、グラスを持った手で指を差す。
「ボクらが疑っているのはローマンさ、レディ・アデル」
「……ローマンが裏切ると。ここまでかなり協力してくれてる奴なのに」
「いやいや、そうじゃない。魔族ってのは理性的だが利己的なものさ」
真っ向からシャーリンが否定する。
「その男との出会いはどうだった。危うく殺されかけたはずだ。自分たちの目的のために、大勢の命を危険に晒した。阿修羅という鬼がいなければ誰も救えなかった。それが魔族の感性というものだよ。ボクたちが同じ絵を見たとして、赤が美しいと言えば彼らは青が美しいと言うだろう。全体で見れば同じ意見でもね」
行き着くべき結論は同じ『メルカルト・チュータテスの討伐』である。もちろんヴィンセンティアは人間も好きで、魔族も好きで、どちらも守るために戦った。だがローマンはどうだろうか。今一度考えてみて、絶対的な信頼が置ける相手とは言い難かった。穏健派はあくまで魔族としての視点に過ぎないのだ。
「あまり無理言ってやんなよ、シャーリン。こいつらの目ぇ見てみろ。疑いはしても、信じる事はやめないって感じだ」
「はあ……。これでボクらが手を貸してやるメリットはあるのか」
相手が何であれ信じようとするアデルハイトたちにシャーリンは失望する。彼女たちがいかに強くとも、寝首を掻かれては意味がない。
「いいかい、忠告しておくが、魔族は必ず裏切るものさ。特に狡猾に生きてきた奴は誰も信じてない。自分の信じる同胞以外は。君らはそうじゃない」
「そう言い切れるのは、経験したからか?」
アデルハイトのちくりとした言葉遣いにシャーリンはくすっとした。
「私はどちらかと言えば、魔族のお世話もした事あるよ。とっても可愛い小さな女の子だ。けど、いちいちボクに突っかかって時には殺そうともした。それでも今は大人しくしてくれている方だけど、そうなるには時間が掛かりすぎる。成熟した魔族ほど手に負えないものはない。君らのいうリリオラやミトラ……その子たちはともかく、ローマンという奴は信じちゃダメだ。頭に置いておけ」
何百年と生きてきた魔族は考え方が成熟し、それ以上の成長を見込めない。自分が正しいと思った行動を取り、それを否定されても気にも留めない。もし、全てがうまく行ったとき、ローマンは必ず上下関係を作ろうとする。それが争いの火種となり、障害になると感じれば必ず敵対する事になるだろう、とシャーリンが言う。ヴェロニカやセレスタンも、それには同調する様子を見せた。
「私は別にどっちでもいいと思いますけどぉ……。結局、もし敵になるのなら倒してしまえばなんの問題もなくないですか?」
実力行使。どちらも戦う事を選んだなら、そのときに倒してしまえばいい。そうでなければ様子を見ても良いのではないかとオフェリアは折衷案を出す。それを助け舟と取ったアデルハイトが続く。
「私たちもそうしてくれると助かるよ。無理は言わない、あなたたちにもメルカルトを倒すまで協力してほしいだけだ。その先まで面倒を見てくれと無理を言うつもりはないし、迷惑だと思うなら今ここで断ってくれてもいい」
元々違う大陸で暮らす人々だ。駄目なら仕方ない。最初から必ず協力してくれる関係でもなければ、肩を組める間柄でもない。やるべき事はやってきた。彼らがいなくとも戦う覚悟は既に出来ている。
セレスタンが、ぱちん、と指を鳴らす。
「ではこうしよう。我々はローマンが裏切った場合は退かせてもらう。あるいは今後、我々の暮らす大陸まで襲うようであれば────」
「ボクらが殺してやってもいい。ただし報酬ありきの話だ」
意見がまとまったところでルシルが小さく手を挙げて尋ねた。
「報酬ありきとは、その、どのような報酬でしょうか?」
「そりゃあもちろん、ボクらそれぞれの欲しいもの。たとえば、」
ぽん、と手の中から手品でも見せるように一輪の薔薇を差し出す。
「君をひと晩、なんていかがだろうか、レデ────うぐっ!」
「馬鹿な事言ってんじゃねえよ。悪ぃな、聞かなかった事にしてくれ」




