第30話「知識と知恵の魔法使い」
諫められるとアデルハイトも反省した様子で地上へ降りた。死に掛けたオフェリアもセレスタンの視線を受けると落ち込んだ犬のように俯く。
「お互いが自分に自信を持つのは結構だが、ヒートアップのしすぎは良くない。特にオフェリア、お前は挑発行為が過ぎる」
注意されたオフェリアがぷくっと頬を膨らませた。
「すみませ~ん……。でも、アデルハイトの本気を見ない事には手を貸すべきかどうかも分からないじゃないですか。おかげで殺されかけましたけど、まあいいんじゃないですか。私は手を貸してもいいと思いましたよ」
わざわざ他所の大陸まで出る必要があるのか。アデルハイトが手を貸して欲しいという敵が自分たちと比べて大した事がないのであれば、ただ待っていればいずれ現れる。そのときに倒してしまえばいい。
だが、実際には違った。アデルハイトほどの実力者をして『協力者が必要』と言わせるほどの難敵であるならば、それはやはり、力を合わせた方が被害は少なく済むのだ。オフェリアはその強さを認めた。
「あ、あの……ボクは戦ってもらえないんでしょうか……」
やる気満々だったシェリアが小さく手を挙げる。気まずそうに笑顔を見せ、少しは自分も見せ場が欲しいと要求した。とはいえ、アデルハイトの強さで既に証明は出来たも同然だが、セレスタンは少し考えてから────。
「ヴェロニカ。お前の分は私がやっても?」
「んあ? 別に構わねぇよ。どうせアタシも無理はできねぇ」
「では私が代わりに。それでいいかな」
同意を求められてシェリアは喜んで頷き、勝負の準備が始まる。アデルハイトから貰った指輪の魔導具で安定感も抜群。まだまだ知識は足りない学生の身ではあるが、その経験は他とは比べ物にならない戦いを経験した。
剣帝ジルベルトの斬撃を受け止め、帝都へ乗り込んで帝国軍と苛烈な戦闘行為もあった。普通の人間では考えられないほどに大きな戦いを二つも経たうえ、八鬼姫の熱血なのか嫌がらせなのか曖昧な稽古にも耐え抜いたのだ。
だから自信はあった。セレスタンの魔法を見たときも、自分でもあれくらいならできそうだという確信を持った。────だがアデルハイトは逆だった。
「(シェリア……。自信たっぷりの顔をしてるが、多分手も足も出ないな)」
魔力だけで見ればアデルハイトは格が違う。しかしセレスタン・テルミドールという魔法使いの技術はどうか。オフェリアを捕える強力な魔法をいとも容易く破壊してみせたのは、決して砂の棺が脆い造りだったわけではない。
────技術だけで、アデルハイトの魔力が詰まった小さな要塞とも言うべき砂の棺を破壊した。砂の棺を水で濡らし、そこから自身の混ざり込んだ魔力でアデルハイトの魔力の流れを崩して強制的に解除したのだ。
「アデルちゃん、彼はどのくらい強いのですか?」
「さあ、見当もつかん。だがまともに遣り合えば負けるのは分かる」
「えっ……あなたが負けるなんて本当に……!?」
「少なくとも、良い勝負はさせてもらえるだろうが、知識と知恵に差がありすぎる。あれは私なんかよりも長く生きてきた魔法使いだ」
魔力を操るのは簡単な事ではない。多くの魔法使いが魔法陣を必要とする中で、熟練の、それも賢者より先の階位へ踏み入れる優れた者だけが魔法陣を介さずに魔法を行使する事もできる。アデルハイトはまさにそこにいる。
だが、それでも完璧ではない。魔力は水によく似ていて、たった一滴を操るのでさえ修業が必要だ。今のアデルハイトは川の流れを操って自在に道を作り、あらゆる場所に過不足なく振り分けて素早くあらゆる魔法を扱える。だからオフェリアとの戦いでも一撃を受けて馬乗りになられる瞬間、砂の分身を創り出して自分は砂浜の中を魔力を使って水の中を泳ぐように移動した。
だが、それだけの技術もセレスタンの前では当然の代物になる。アデルハイトの見立ては正しく、大英雄のひとりと数えるだけでは済まないような実力を隠しているのがすぐに分かった。
「私が川の流れを操り、道を作るのだとしたら、セレスタンは嵐のように降り注ぐ雨粒のひとつひとつを正確に狙った場所へ落とす事ができる。ただ魔法を扱うだけじゃなく、あらゆる現象までも手の内だ」
四人の大英雄の中でオフェリアが最も強いというのは、あくまで白兵戦に絞ったときの話。大きな魔力を持つわけでもないセレスタンが大英雄の座を手にするには、それを埋めるだけの知識と知恵が必要となる。
そして、彼はそれを当然のように埋めてみせたのだ。
「ほら、シェリアの魔法が全部弾かれてるだろ?」
「……うわ、ひどい。遊ばれてるじゃないですか」
「まあやってる本人は遊んでるつもりはないだろうけどな」
あらゆる属性魔法を連発するシェリアに対して、セレスタンは対応する属性魔法で相殺したり弾いたりして一歩も動かない。攻撃もしない。そのうちシェリアの魔力が枯渇して、ころんとその場に倒れ込んだ。
「んもーっ、馬鹿にして!! この人嫌い!!」
「はっはっは。そう言われると私としては傷付くんだが」




