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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第29話「本気の決闘」

 平凡。実に平凡。才能があったから生き残れただけ。偶然の産物と言われれば否定のしようもない。アデルハイトは自分が特殊な生まれであった以外は、どこにでもある少し背景の暗いどこにでもある人生を歩んだ。


 誰かの人生はより明るいものだろう。誰かの人生はより淀んだものだろう。オフェリアもまたそうなのだと理解する。ただ、それでも────。


「驕ったつもりなど無い。私は、私自身に誇りを持っている。どれほど冷たい暗闇の中から這い出たとしても、朽ち果てる気はさらさらない」


 翳した手。光の弾けた中からトリムルティの杖を掴む。


「打ち砕くというのならやってみろ。此処で負ける気はない」


「あはは、言いますねえ! その綺麗な朱色の瞳を悔し涙に濡らしてさしあげますよ。私、こう見えて結構戦うのって好きなんで!」


 極端な接近戦スタイルを持つオフェリアの一歩はシャーリンに負けず劣らず、強弓の如き勢いで迫った。だがアデルハイトは冷静かつ確実に、その拳を最小限の動きで躱してぐるんと背後に回り、杖を向けた。


「《パラライズ・チェーン》」


 鎖の形をした電撃がオフェリアを縛ろうとする。それを小細工だと言わんばかりに魔力を纏ったナックルダスターで弾き飛ばして消滅させた。


「逃がしませんよお、魔法使いさん!」


 正面から突っ込んでくるのを再び躱そうと体を後ろに傾けた瞬間、目の前のオフェリアが蜃気楼のようにふわっと消えてしまう。呆気に取られた一瞬で背後から重たい拳の一撃を受けて空に打ちあげられた。


「そおれ、追撃! 地面に叩き落として差し上げ────」


「────《フレイム・ノイズ》」


 アデルハイトの体が炎に包まれ、弾けた。そこに姿はなく既に地上で待ち構え、杖が煌々と白い輝きを放つ。


「空中では避けれまい。《インドラ・ブラスト》!」


 直線に照射される極太のレーザー、当たればただでは済まない。だがオフェリアは自身の拳ひとつで空を叩いて間一髪で免れて着地する。想像以上のアデルハイトの動きに、思わず息を飲んだ。


「本気で殺す気じゃないですか。協力してほしいんじゃなかったんですか?」


「先に挑発したのはそちらだろう。それに簡単に死ぬのでは仲間にする意味がない」


 ぐぬぬ、とオフェリアが唇を噛む。


「舌戦は得意じゃないんですよお……。そこまで言うなら、軽ぅく本気出してあげようじゃないですか。────そっちこそ死んでも知りませんよ」


 鉄芯の入ったブーツによる蹴りが飛ぶ。素早く構築された《聖なる守護の盾ラウンド・オブ・エヴァラック》で守りに入る。しかし、次の瞬間にはアデルハイトは地面に倒れていた。視界がチカチカして、馬乗りになるオフェリアがにんまりと笑って、勝ち誇った。


「読めてましたよ。反撃のための動作。さっきもフェイントを見せてあげたでしょう、二度目はないとか思いましたか」


「……ああ。胸に良い拳が入って、気を失うかと」


 素直でよろしい、とオフェリアは頷いて拳を持ち上げる。


「ではこれで決着という事でいかがです? 認めなければ、もう一撃入れて差し上げますよお。お望みとあらばなんだって叶えてあげますから」


「そうか? では降参はしない事にしよう。そら、一発入れてみろ」


 頬をとんとん指で叩いて、此処に入れろとでも言わんばかりに挑発する。ならばお望みどおりにとオフェリアは無言で容赦なく拳を振り下ろして────触れると同時にアデルハイトの体が砂になって崩れた。


「────な。なっ、なんですってぇ!?」


 全員分からなかった。いつ、どのタイミングで砂の身代わりを作ったのか。既にアデルハイトはまた上空に浮遊して、片手で杖を構えて見下ろす。


「満足したか、オフェリア? それでは次は私の番だな。どちらが格が上かなど無粋な事は言わんが、多少は痛い目を見てもらおうか」


 地面が大きく揺れ動き、オフェリアの周りを浜の砂が渦巻いていく。


「罪ありし者は深く沈む。罪囚われし者は暗闇に堕ちる。驕りし者を私は導き、そして罪は雪がれる。禁忌よ、顕現せよ────《惡を蝕む砂の棺イビルロック・サンドコフィン》」


 高密度の魔力に満ちた砂はオフェリアの足を沈めて絡めとり、外側から巨大な棺の形を作っていく。最初は空洞の中も徐々に砂が入り込み、圧迫して内部に捕らえた者を押し潰す。息を整えられない以上、魔力を練るのも難しくなり、ほぼ確実に捕えた相手を仕留めるために編み出した強力な魔法だ。


 本来は魔物にしか使わないが、オフェリアの挑発行為に対して、これくらいならば突破してくれるという予想があった。しかし、意に反して出てくる気配はなく、アデルハイトもそれを察するのが遅れていた。


「────《トラロカン・メイルシュトローム》」


 翳された手。セレスタンが海の水を操って砂に染み込ませて自身の魔力を混ぜ、アデルハイトの魔力と反発させあって内部から外側へ魔力を放出。破壊する。中から息苦しく咳き込むオフェリアが膝を突き、庇うためにセレスタンは前に立った。大きく手を振って、アデルハイトに中止を求めた。


「終わりだ、終わり。あまり無茶な事をしてくれるな。勘弁してくれないか、二人共。殺し合いをするために決闘してるわけじゃないんだから……」

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