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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第28話「四人の大英雄」

 騎槍を引き、とん、と軽く跳ねる。着ている甲冑の重さなど感じられない。アデルハイトたちは目を疑った。とても人間とは思えない速度での接近。そのうえ紛れもなく甲冑と騎槍は本物ときた。


「……四人。そうか……彼らが別の大陸の大英雄……!」


 まったくもって度し難い強さ。格が違う。育ててきた弟子たちが、まだ未熟で、むしろ生き抜いた事は奇跡だったのかもしれないと思わされた。目の前にいるシャーリン・ヴァイオレットの強さは想定を大きく上回っていた。


「おやおや? セレスタン、ボクたちの事を彼らに話してないのかい?」


「わざわざ話す理由もなかった。知ってるかと」


 だからこんなにも驚いているのかと納得する。しかし、それが決闘の内容に関わるものではない。既にチャンスは与えた。ならば────。


「再開しようか。ルシル・フリーマンだっけ、見ておくといい。黒い聖騎士と呼ばれたボクの強さってものがトラウマになるようにね!」


 やはり、と言うべきか。騎士らしく真正面から挑んでくるのは分かっていた。ルシルは鞭を振り、騎槍に絡ませて魔力を流し、高く空へ投げた。


「うおおお~~~ッ!? 中々パワフルな戦い方するねえ、レディ!」


「私とて大魔導師の端くれであれば、この程度は出来ませんと」


 八鬼姫にさらなる力を与えられ、稽古も欠かさなかった。疲れもセレスタンに甘えてすっかり癒した以上、醜態は晒せない。空中にいる相手ならばよけ切れまいと鞭を振るった。風の破裂するような鋭い音がして、シャーリンの体を叩く。


「(手応えはあった。少しはダメージが通ったのかしら)」


 砂煙でよく見えず、警戒して目を凝らす。姿が見えたとき、ゾッとする。それなりに本気で叩いたにも関わらず、シャーリンの鎧は傷ひとつない。


「わっはっは! 久しぶりに面白い子が来たなあ! ボクの魔力を通した甲冑が、危うく傷つくところだった。これはお見事! では次はボクの番だ!」


 逆手に持って槍を投げる姿勢に入る。


「せーのッ!!」


 咄嗟にルシルは鞭をぐるんと振って魔力で操り、円い盾にした。今のルシルの魔力による防御は並大抵の攻撃は通さない、まさに城砦とも言える頑丈さだ。しかしシャーリンのそれは、見事に上回ってみせた。攻城槌の如き一撃が鞭を覆う魔力を弾けさせた。幸いにも相殺と言えたが、弾かれた勢いで体勢を崩したルシルの懐には、目にも留まらない速さで接近したシャーリンが入り込んだ。


「それ。君の負けだ、レディ」


 腰に下がっていた短剣が首にあてがわれ、薄皮一枚を切った。


「……か、完敗です。ここまで実力差があるとは」


「いやいや、それは違うさ。ボクも君を侮っていた」


 短剣を引いて鞘にしまい、シャーリンはからから笑う。


「君とボクの差は経験だけでしかない。強さにはそう大きな差はない。いや、些かボクの方が勝るかもしれないが、それでも君は油断したから負けた」


「返す言葉もありません。その甲冑を着て、そこまで動けるとは」


 あまりにも高速で次の行動に予測を立てるまでの思考が長引いた。あっさり決着が付いてしまったのは、それが理由だ。シャーリンの速さに適応できなかった。新しい力を身に付けた慢心もあったのかもしれない。いずれにせよ、敗北には悔しい思いをさせられた。


「……すみません、アデルちゃん。負けてしまいました」


「いいさ。むしろあちらの強さを理解するのに丁度良かった」


 ローブの襟を正して、アデルハイトは気合を入れる。


「シェリア、出番は私に回せ。あちらを認めさせるには確実に倒すべきだ」


「うん、わかった! ボクはしっかり応援させてもらうね!」


 騎槍を拾い上げたシャーリンがアデルハイトを振り返り、うーん、と気の進まない顔をしてから────。


「オフェリア、君がやったら勝てるんじゃない? ボクらで一番強いだろ」


「えぇ~、めんどくさ~い」


「帰って可愛い可愛いお嬢様に武勇伝のひとつでも土産にしてみたら?」


「……それは大いにありかもしれませんねえ」


 座ってボリボリとキュウリを齧って眺めていたオフェリアが立ちあがった。ぐぐっ、と体を伸ばすと背中がバキッと鳴った。


「じゃ、遊びましょう。異国の魔法使いさん」


「火遊びは好きだ。たかがメイドと侮ったりもしない」


「本気でやんないと死にますよお。私、手加減とか苦手なんでえ」


 互いに分かる。ほんのひとつのミスで負ける相手だ。絶対に負けられないという闘気に満ち、観戦している者にさえ緊張感が走った。


「驚いたな。異国の大英雄がどこにでもいそうなメイドとは」


「英雄なんてそこいらの人間から突然生まれるものですよお。あなたもそうじゃありませんか? 優れた人生、栄光の中を歩んできたんですか?」


 懐から取り出したナックルダスターを手に嵌めながら、オフェリアは心の籠っていない笑顔を向けて言った。


「英雄なんてありふれた人生の中の奇跡のようなものです。誰が手にするものかは神が選ぶ事であり、私たちが望んで手にしたわけではありません。たまさかそうするだけの力があっただけの事。その驕り、私が打ち砕いてあげますよ」

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