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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第27話「二度目はない」




 翌朝になると、窓から差し込む光に目を覚ます。結局、三人は夕食をセレスタンに振舞ってもらい、その後もこれまでの出来事について話をして、大いに盛り上がったのと同時に、不安も共有した。


 どれほど強大な敵が立ちはだかっているか。それを思えば、今のんびりと過ごしている暇はないのだが、しかし期間としては実に八か月も残っている。余裕があるといえば、まだまだその通りなのだ。


「しかし、結局世話になってしまったな。皿洗いくらいしかできなかった」


「私が振舞いたかったんだ。いいさ、君たちが喜んでくれたのなら」


 夕食はカレーだった。あまりに香ばしい匂いがしたもので、誘われるように目を覚ました三人は特製の野菜カレーに舌鼓を打ち、翌朝も残った分を食べた。


「それより、もうじきヴェロニカが来るはずなんだが……あぁ、来たな」


 ばーん! と当たり前のように勢いよく扉が開かれる。ヴェロニカはそうして、とても配達業とは思えぬ日常的にガサツな一面を持っていた。


「よう、遅くなっちまったな! 連れて来てやったぞ!」


 背後からやってきたのは体の大きい黒い甲冑の騎士と、どうみてもただのメイドにしか見えない女性だ。本当に頼りになる人物なのだろうか、と不思議な顔をされるとメイドらしい女性はふんわりした髪をすっと手で梳き、じろっとアデルハイトたちを見てから、ニカッと笑った。


「どうもお~、初めましてえ。私はオフェリアって言いますう」


 ぺたっと張り付くのんびりした声。穏やかそうに見える背後で、甲冑の騎士がぐいっとオフェリアの方に腕を回す。


「やあやあ、お三方。ボクはシャーリン・ヴァイオレットだ。見た目は中性、中身は女性。心は男性と言ったところかな? 宜しく、可愛いレディたち」


「ちょっと。私の肩に腕回さないでください、重たいから」


 べしっ、と叩かれてもシャーリンはへらへらと余裕そうだった。アデルハイトは二人の前に立って、胸に手を当てながら小さくお辞儀する。


「私はアデルハイト・ヴァイセンベルクだ。そしてこちらが仲間のルシル・フリーマンとシェリア・バレンタイン。既に話は聞いてくれていると思うんだが、実は色々あってあなた方の協力を頼みたいんだ」


 難色を示したのはシャーリンだ。三人を順にみて目を細めた。


「……ふうん。護衛の仕事を他のに任せてまで来て、他所の大陸を手助けしろってなんの冗談だい? それに彼ら、ボクたちより強くは見えないけど」


「私はどっちでもいいですよお、暇ですしい」


 露骨な挑発ではあったが、しかしアデルハイトたちは怒らない。むしろ言い分は尤もだと思った。手助けをするにしても、それに値する強さでなければ犬死するやもしれない戦いになる。そんなものに手を貸す気は誰だって起きない。


「まあ待てよ、君たち。ここで争うのもなんだから浜に出ないか。……そうあってほしくはないが、睨み合っているところを見ると腕試しがしたいようだから」


 困った奴らだと言いたげにじろっとシャーリンたちを見るが、セレスタンも言い分は理解できるし、やる気満々のアデルハイトたちを見れば、やめておけとも言えなかった。どうせ空間は傷付かず即時再生するので気にする必要もない、と。


「人数が合わねえから、アタシも参加してやるよ。無理しない程度にな」


「では私は観戦だ。他の奴らは勝手に戦ってくれ。環境は整えよう」


 よくも外では灼熱が続いているというのに出る気になるものだと呆れつつも、セレスタンは彼らを浜へ連れ出した。決して広いとは言えないが戦うには十分だ。適度に広い結界を張って、外気の熱を遮断する空間を作った。


 手合わせのルールは簡単。どちらかが戦闘不能になるか、追い詰められたとき。または降参の意思を示した場合に決着する。過度に相手を傷つけてはならない。たったそれだけで、誰が誰と戦うかは各々が決める。


「それでは最初はこの黒騎士シャーリン様が相手をしてあげよう!」


 結んだポニーテールを勢いよく揺らし、手に持った小さな箱を空に投げると紫紺に輝いて炸裂し、真っすぐ黒い騎槍が落ちてきて地面に深く突き刺さる。シャーリンは柄を握りしめて振り抜くように騎槍を構えて、戦闘態勢に入った。


「それで、こっちは誰が行くかな?」


 アデルハイトが意見を求めるように声を掛けると、ルシルが前に出た。


「私が行きましょう。あちらさまはハンディキャップも背負っていますから、最初からアデルちゃんが出るべきではないかと」


 シャーリンの片目には大きな傷跡があり、閉じたままになっている。美しい中性的な顔に刻まれた戦いの歴史だ。片目が見えない事をハンディキャップと言われた瞬間、表情から笑みが消えた。


「あはは、素晴らしい事を言うレディだ。ボクはどんなレディだって愛せるが、ひとつだけ許せないとしたら、この勲章をハンデと言われる事だ。戦いにおいて強さとは何の因果関係も持たない事を、その身に叩き込んであげようじゃないか」


「怒らせてしまったのならすみません。ですが、大きな傷には変わりない。最初の言葉といい、私たちが侮られているも同然────」


 砂が爆発するように舞い上がり、一瞬でシャーリンが距離を縮めた。騎槍が頬を掠め、つう、と血が頬を垂れる。


「強くは見えないから言ったまでだ、レディ。実力とは戦いで示すものであり、机の前で言葉を交わして示すものではない。二度目はないと思いたまえ」

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