第26話「異空間の島」
着ていた服をちらっと脱いでみせる。セレスタンの胸にはぽっかりと黒い穴が開いていた。空洞だ。胸の向こう側の光景が見えると、アデルハイトはゾッとする。彼の肉体の死は、謎の異空間によって保留になっているに過ぎなかった。
「私もこう見えてそれなりに出来の良い魔法使いだ。少しくらいは外に出たところで大した問題はないが、まあ長持ちはしない。ここでは治療もできないんだ。君たちに協力するのは吝かではないんだが、活動時間が短すぎてな」
外に少しくらい出ても延命処置は出来るが、それもできて数分の話だ。だから、せめて外に出るのであればヴェロニカのために使うのが最優先だった。
「……その、何があって此処へ?」
「さあ。理由は私もよく分からないが、おそらく一年ほど前の事が原因だな。単独で複数の魔族と交戦して命を落とした。そして目覚めたら此処にいて」
いっさいの謎に包まれた空間。そもそも、いつからいるのかも分からない。あるとき魔族の中でも力を持った者と仲間たちが戦った事で、時空間に歪みが起きた可能性があるとセレスタンは推測する。その際、自分の魂は此処に定着した、と。
「肉体がある以上は偶発的に再構築されたと思うんだが、まあ、実際には死んでいるから心臓はない。しかし難しい事に、私の肉体はおよそ普通の人間と同じだけの活動を要するらしくてな。長く此処にいれば分かる事も増えた」
不思議な島にはいくつも野菜や果物が成っていた。獲ればなくなるが、代わりに増やそうとすれば、種を植えても雨が降らないので高熱に晒され続けて瞬く間に駄目になる。なので魔法を使えば育てられる事は分かった。不思議と、それらは止まった時間の流れに逆らうかのようにすくすくと成長した。
驚いたのは、時空間の歪みによって海のど真ん中に作られた謎の島には、条件を満たした者がいなければ入れない事。おかげで、ヴェロニカに見つかったのもつい最近だ。命の危機に瀕した事がある者、あるいは異空間を感知できるまでの膨大な魔力を持つ者。それが資格となった。
「君たちが入れたのは運が良い。私も気付かないほどだから、よほど優れた者が道を拓いてくれたんだろう」
「ああ。ヴィンセンティアの友人で、八鬼姫という魔族に」
セレスタンは聞き覚えがないな、と笑って流して、話を続けた。
「ともかく他の仲間が来るまでは待ってもらう事になる。とはいえ頼りになる人材だ。他の大陸と言えど、協力は惜しまない奴らだから」
「それは頼もしい。……だが、ただいるだけでは申し訳ない。もし出来る事があれば手伝わせてくれないか? これでも少しは役に立つ方だと思う」
ふうむ、と腕を組んでセレスタンは申し訳なさそうな顔をする。
「手伝いと言っても、本当にやる事のない場所でね。せいぜい野菜を収穫するくらいだし、食事もヴェロニカが持ってきた食材で作る程度だから……まあ、夕食のときに手伝ってもらうとしようか」
「わかった。では、私も少し部屋で休ませてもらうよ」
二階へ上がる途中、アデルハイトにセレスタンは優しい笑顔で手を振った。とても死人とは思えない血色の良い顔だった。
「(やれやれ、考える事が山積みだな。協力してくれそうな仲間が増えるのは良い事だが、不躾な頼み方をしてしまった事は悔やまれる)」
奥の部屋を取り合う声が聞こえてきて、二人は元気そうだなと安心する。不安な気分も拭い去ってくれた。
「……ん。あれ、此処は二人部屋か。という事は」
「うわ~ん! アデル、じゃんけん負けちゃったぁ~!」
「こうなるとは思ってたが、やれやれ騒がしいな」
じゃんけんで部屋を決める勝負はルシルの勝ちで決着がついた。諦めてアデルハイトと同じ部屋となったが、結果的にシェリアの機嫌は直った。
夜くらいまでは眠っていいだろう、と疲れが癒え切らないままやってきたのもあって、ゆっくり話す事もなく、それぞれ休める環境で休息を取った。
のんびり一階でカップを片付けながら、セレスタンはぼんやりと考える。アデルハイトたちが来たという事はヴィンセンティアは死んだはずだ。しかし、彼はしっかりと捉えていた。小さな小さな、どこか遠くで眠る命の波動を。
「(う~む、確かに死に掛けている。時間を巻き戻したとき、どこかに放り出されて誰かが回収したんだろう。いったいどこのだれが……)」
セレスタンは優秀な魔法使いだ。戦闘に関してはアデルハイトに軍配があがるとしても、それ以外のあらゆる魔法においては非常に特化した。それゆえに遥か遠く異国の地にいる人物でさえ探し出せるが、ヴィンセンティアは既に死期が近く、回復も見込めない状態だと分かると探すのはやめた。
「(誰かが看取るのなら私が探すまでもないな。何か理由があるんだろう。ずっと練っていた計画の、最後の鍵になるような何かが)」
洗い物を終えたら、自分のコーヒーを用意して椅子に座って休む。時間の進まない異空間であるにも関わらず、きちんと夜はやってくる。ただ代わり映えのしない島が朝昼夜を繰り返すだけの空間。
「手伝ってもらうとは言ったが……夕食の支度でもしておくか」




