第25話「断った理由」
あっさりと拒否されても驚かない。八鬼姫も最初は断ったのだ。ヴィンセンティアはあくまでそういう人物を選んでいる。十分が過ぎる実力を持ち、アデルハイトたちの助けになってくれる、大切な友人を。
だから、ひとまずはセレスタンの意見も聞いてみる。なぜ協力しないのか、その理由を彼はシンプルに語った。
「私は此処から出る気がない。さっきも言ったが、此処はどこよりも安全だ。この場所を突き止めた上で侵入できるのは、よほど魔力が並外れた者くらいだろう。そして私は基本的にそれを感知できるから……分かるかな。逃げれば済む」
話は理解した。同時に、セレスタンがアデルハイトたちの侵入に気付かなかった理由が分かって、なおさら八鬼姫の怪物ぶりに驚かされる。道を開いておきながら、セレスタンには察知させなかったのだから。
「しかし、セレスタン。相手は魔族の中でも格が違う部類だ。逃げ続けても、いつかは追い詰められるときが来るんじゃないか。力を合わせてくれたら……」
「フム、一理ある。だが、それでいい。私の友人は戦えないからな」
ちょうどそのとき、家の扉がばんっ! と勢いよく開けられた。
「帰ったぜ、セレスタン!……ってありゃ、客か?」
豪快に扉を開けて帰ってきた女性とアデルハイトの目が合って、お互いに「あっ」と小さな声を漏らす。学園に来ていたエッケザックス配達の女性。黒髪のウルフヘアは紫のインナーがよく目立ち、アイスグリーンの瞳は特に印象的だ。
「お金持ち学園のお嬢様が何で此処に」
「そっちこそ、こんな普通の人間が出入りできない場所になぜ……」
顔見知りだったのか、とセレスタンが視線を流して交互に見。それから席を立つと女性の隣に立って肩をぽんと叩く。
「紹介しておこう。こちらがヴェロニカ・エッケザックス。私の仲間であり、先ほど言った通り戦えない友人だ。言い方を変えれば役立たずかな」
「お前アタシの事なんだと思ってんだ?」
気に入らないとセレスタンを睨むが、ヴェロニカと紹介された女性は、それもいつもの事だと呆れて溜息を吐いて済ませた。
「それで、セレスタン。そっちの子たちは……」
「アデルハイトとシェリア、それから────」
紹介を受け、ルシルは立ちあがって姿勢を正して胸に手を当てながら。
「ルシル・フリーマン。上位魔導第三大隊所属及び魔法学園ヘルメス寮特別指導員を務めております。この度は私たちの大陸での騒動につきましてご協力を願いたく、ヴィンセンティア様からの推薦で訪問させて頂きました」
ああ、とヴェロニカが手を叩く。
「あの蜘蛛女のダチか。アタシもしょっちゅう配達に行くから、そっちの情勢は色々知ってるよ。つっても協力はしてやれねえと思うけど」
片目を隠す前髪をあげると、大きな傷跡が姿を現す。
「昔、魔物にやられて片目を潰されてんだ。こっちの目は開かねえし、なんなら片足は目立たないけど義足なもんで」
「というわけだ。私も協力はしてやりたいが、こればかりはな」
五体満足であれば良かったが、今やヴェロニカは派手な戦闘行為も禁止されるほどの体になった。ある程度の強化と保護は出来ているので日常生活に不足はいっさいないが、こと戦闘においては保証できない。
だからセレスタンは拒否するしかない。大勢の人々の命よりも、たったひとりの友人の命の方が彼にとっては重いからだ。
「そういう事か……。すまない、勝手にやってきておいて図々しい事を」
「いや、いいさ。君たちの事情もあるだろう」
落ち込むアデルハイトを見て、ヴェロニカがセレスタンに耳打ちする。すると『その手があったな』という明るい表情を浮かべた。自分たちでは力になれないのであれば、他に誰かを紹介したらいいのだ、と。
「アデルハイト、君たちの力になってくれそうな人物に心当たりがある。ヴェロニカに連れてきてもらうから、数日は此処に滞在してみてはどうかな?」
「本当か! それはありがたい、ぜひ紹介を頼む!」
大喜びする三人を見て、セレスタンが小さな声で呟く。
「どう見ても私たちより強そうにしか見えないんだが、彼女たちは」
「猫の手も借りたいんだろ。それより本当の事言わなくていいのかよ?」
「……いいさ。どうせ此処から出られないのは変わらん」
「んじゃま、連れてきますかね。アタシらの代わりになってくれそうな奴」
返って来たばかりなのになァ、と文句を言いながらも迎えにまた家を出ていった。セレスタンはやれやれと肩を竦めて、喜ぶ三人に声を掛ける。
「さあさあ、君たち。此処に知り合いがやってくるのは二日後くらいだ。二階に空いてる部屋が二つあるから好きに使ってくれ」
「わーい! ボクいちばん奥の部屋~!」
「こら、駄目ですよ人の家ではしゃいだら!」
駆けて行くシェリアをルシルが追いかける。アデルハイトは申し訳なさそうに笑いながら、セレスタンに謝った。
「すまない、悪気はないんだ。まだ子供だから……」
「君も子供に見えるが」
「ハハハ、外見がそうなってしまってるだけだよ。実際は三十路さ」
「それは愉快な話だ。ところで、聞きたそうな事がある顔だな」
さっきの話を聞いていただろうとでも言いたげな目に、アデルハイトは言い訳のひとつもせずに「ああ、その通りだ」と返す。聞こえてしまったのだから仕方がないと悪気も感じていない。
「此処から出られないとはどういう事だ? 何か理由が?」
「ああ、それなんだが────私は死んでるんだよ、アデルハイト」