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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第24話「夏の島の賢人」





 王都が騒がしい一方、夏の島へ送られたアデルハイトたちは、思いのほか穏やかな時間の中にいた。照らす太陽がじりじりと肌を焼こうと陽射しを強く、吹く風は生ぬるくて体温をあげようとする。


「あ、暑い……。何だ此処は?」


「夏の島とは、その名に違わぬ環境ですね……。しかも陽が昇り切ったままだなんて。普通の空間ではないのかもしれません」


 まるで異空間か、あるいは結界の中にでもいる感覚。ルシルはベストを脱いで肩に担ぐように持ち、アデルハイトとシェリアはローブを脇に抱えた。


「暑すぎるよぉ……。海辺に出たときは涼しく感じたのに……」


「潮風は気持ちがいいものさ。だが森に入れば話は別だ」


 小さな島ではある。一時間もあればぐるりと周れそうな程度には。しかし鬱蒼とした森の中に入れば、暑さと見慣れない光景と歩き慣れない道で長く感じた。どこにいるかも分からない賢人を探しているのだ、仕方ない事ではあるが。


「まさか同じところ歩き回ってないよな」


「目印は付けて来てるので大丈夫かと。少なくとも違う場所は歩いてます」


「ハハハ……。ボクたちこのまま遭難とかしないよね?」


「そうなったら此処で暮らすしかないな。皆を見捨てる事にはなるが」


 冗談めかして言うが、苦笑いだ。正直アデルハイトもそれはごめんだと思った。


「あら? ちょっと待ってください、二人共。あれ、向こうに何か……」


「お。本当だ、あれは別荘か何かか? やはり誰か暮らしていたんだ」


 三人とも、もしかすると涼めるやもと自然に足が急ぐ。


 目の前に現れたのは、思っていたよりも大きな、四、五人でも住める規模のログハウスだ。その傍らには立派に育ったトマトやきゅうりなどの畑があり、麦藁帽を被った男がせっせと収穫して籠に丁寧に入れていた。


「ん? おや、客人とは珍しいな。この異空間に来た人は久しぶりだ」


 立ちあがった男は背が高く、灰青色の腰まである長い髪に、薄青の瞳を持った美しい顔立ちだ。やや凛々しく興味の薄い表情をしている。


「ええと……私はアデルハイトだ。あなたは?」


「セレスタン・テルミドール。この空間で少なくとも数年は暮らしてる」


 先にセレスタンが手を差し出す。表情は薄いが、仄かに微笑んだ。


「あなたが夏の島の賢人か?」


 固い握手を交わしながら尋ねると、セレスタンが目を丸くした。


「その名で呼ばれるなんて懐かしいな。ヴィンセンティアの友人とは、丁重にもてなす他ないようだ。外は暑いから中に入って話そう」


 案内を受けてログハウスの中に入ると、広々とした空間は外の暑さとは無縁のように、秋を思い起こさせる少し肌寒さのある温度だった。


「適当に掛けてくれ。普段は私だけではないんだが今日は仕事でね。もう少しで帰って来るから、それまでゆっくり話そう」


「ありがとう、セレスタン。あなたはずっと此処で暮らして?」


 小さな頷きを返して、セレスタンはキッチンに立った。


「ああ。色々と理由はあるが、とにかく此処にいるよ。此処は世界の裏側で、どこよりも平和で安全だからな。なにせ時間が止まっているし……」


「時間が止まっているというのは、あの太陽の事ですか?」


 ルシルが興味本位に尋ねると、セレスタンがくすっとする。


「あんなものが四六時中あって雨の一滴も降らない。なのに草木は枯れもせず常に青々としている。この島自体の時間が進んでいないんだよ。動いてはいるから、正確には数秒の時間の中を永遠に繰り返すようにだがね」


 コーヒーを配り、空いた席に座って話は続けられた。


「此処へ来たならヴィンセンティアが呼んだんだろう。そのうち誰かが訪ねて来るとは言われていたから。あいつは元気にしているのか?」


 ずず、とコーヒーを飲んで口を潤し、セレスタンが懐かしむように尋ねたが、アデルハイトたちの曇った表情と口ごもった様子を見て察する。


「そうか、死んだか。あの体には随分と強力な呪いが侵食していたから、いずれそうなると覚悟はしていたが残念だな。私の野菜を褒めてくれたのに」


「すまない……」


 アデルハイトの謝罪に、不思議そうに首を傾げた。


「君が謝る必要はないだろう? 魔族なんていつ死ぬかも分からない、同胞とさえ殺し合う生き物だ。むしろ、あれほど弱っていて生きてたら感心するとも」


 既に肉体の半分以上を侵食された状態でヴィンセンティアはセレスタンの前に現れていた。島にやってきたのも、殆ど偶然とも言える。たまさか持っていた能力が時間に関わっていたから、島に引き寄せられるように現れたのだ。


 仲良くはなったし残念だったが、セレスタンに同情は特になかった。


「あの、ボクたちその事で此処へ来たんです。あなたの力を借りたくて」


「……えーと、君は」


「シェリアです。シェリア・バレンタイン」


「ではシェリア、君の言いたい事はなんとなく分かる。魔族絡みなんだろう?」


 嫌な気配がしつつもシェリアが頷くと、セレスタンは当然のように。


「ではお断りしよう。滞在はいくらでも構わないが、君たちの願いは聞き届けられない」

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