第23話「露払いに」
ゆっくり風呂に浸かっての休息も束の間だったが、それでも皆がさっきまでの稽古の事など何もなかったかのようにやる気に満ち溢れた。ばたばたと忙しなく自室に戻って服を着替え、その間に八鬼姫は門を開く準備をする。
「ミトラ、リリオラ。これをどうみる、本番か?」
アデルハイトが尋ねると、リリオラは首を横に振った。
「メルカルトは狡猾で大胆なやり口を好む奴よ。だからこそ万全な状態じゃないと戦わない。多分、これは何度も繰り返して、こっちを消耗させる気ね」
リリオラの推測にミトラも強く同意する。
「あの野郎はそういう事を平気でする。ゲートを開いたのもモノは試しって奴だろ。エースバルトが使えない今、オレたちを崩すには戦力が足りない」
「なら安心だ。然したる問題は起こり得ないという事だな」
コク、と二人が頷くのを見て安心する。着替えが終わったら、アデルハイトとミトラは拳を軽く突き合わせて信頼を示す。
「ぬしら、何をのんびりしておる。さっさと行くぞ!」
「アタシらの出番っす~!」
「にっひっひ……ウチらの強さ見せつけてやんないとねぇ!」
こと戦いに関しては魔族と相違ない阿修羅たちの気合の入り方は、敵ならば怖ろしいが味方となると頼り甲斐がある。王都には万全すぎる戦力が投入される。アデルハイトも流石に、安心して場を預ける事ができた。
「てめえら遅いぞ!」
既に城の前では八鬼姫がふたつの門を開いている。
「王都組は赤い鳥居。夏の島組は青い鳥居を進め。渦巻く光の中に恐れず踏み込めば、てめえらの行くべき場所へ出られるじゃろう」
ごほん、と八鬼姫は軽く咳払いをしてから────。
「いざ出陣のとき。これはてめえらの新たな道を示す、最初の戦いとなるであろう。気合を入れていけ。鍛えてやった俺様に恥掻かすんじゃねえぞ!」
決意の固まった表情。八鬼姫に鳥居を手で指し示されると、全員が躊躇いも臆病も捨てた歩みで潜っていく。全員が通り過ぎてから、八鬼姫の前にどこからともなく、音もさせずに央佳が現れた。
「ご自身は行かれないのですか、九尾様」
「行かぬ。今回は残念ながら俺様の出る幕はねえよ。じゃが……」
顎を擦りながら、ふと考える。
「どうも胸騒ぎがする。……しかしのう、こればかりは……」
「私はそうは思いませんよ、九尾様」
央佳が初めて八鬼姫に意見する。凛とした声で、まっすぐ。
「既に貴女様は、この世界に手をお貸しにございます。確かに、世界の未来を紡ぐのが彼らだけならば。いつか貴女様が帰るのであれば。彼らは未来を守らねばならないでしょう。ですが────今の貴女様は、この世界の住人でございますれば。なにとぞ、守り手となられる事をお願い申し上げます」
央佳は鬼人族の中では若く見えても古株だ。敬虔な八鬼姫の信奉者とも言えるほど長く仕えてきた。鬼人の中でも小柄な央佳は弱者のレッテルを貼られて生きてきたが八鬼姫がそれを覆してみせた。であれば願うはひとつだけだった。
「……いや、それでもやはり、あの胡乱な魔族を討つべきは彼奴らじゃ」
袖の中から出した煙管で肩をポンポン叩きながら────。
「しかし露払いくらいであればよかろう。てめえの願い、聞き届けたり」
大胆に笑い、くるりと鳥居へ足を向けた。それが阿修羅よりも愛する弟子の頼みとあらば、ひと仕事くらいはしてやっても良い、と。
「央佳! ついてこい、てめえにも特別に俺様の強さを見せてやろう!」
「は! 九尾様のご命令とあらば地獄とてお供いたします!」
鳥居を潜り、王都の遥か上空に出た。既に他の面々は降下済みで戦闘が始まっているとみるや、央佳の手を取って自分にしがみつかせる。
「放すんじゃねえぞ、央佳。俺様はちと勢いが強いのでな」
「お、お任せください。弱くとも央佳、鬼人でありますれば……!」
「かっかっか! 良い答えじゃ、ではちいとばかし遊んでやろう!」
空を蹴って、隕石が如き勢いで王都へ突っ込んでいく。だが、衝撃を押さえるように着地する数秒前には勢いを落としてふわっ、と軽く浮いた。
「おう、てめえら! 俺様も遊びに来てやったぞ!」
大きな声に空を見上げたミトラが顔を明るくする。
「八鬼姫! 来てくれたんだな!」
「なあに、そのへんのザコくらいは片付けてもよかろう」
上空には数多くの飛行型の魔物が飛び回りながら攻撃している。地を這う龍種や虫型の魔物まで種類は様々だ。
「増援と聞いてきたんだが……君たちがそうか?」
「ん? てめえはどこのどいつじゃ?」
八鬼姫にぎろりと睨まれて、男が遠慮がちに微笑んだ。
「ユ、ユリシスだ。王室近衛隊第一部隊長のを務めている。アデルハイトが来てくれるのかと思っていたが……あいつはどこに?」
「他の仕事を任せた。こんなザコの掃除よりもやるべき事があるゆえ」
ザコと言われると悔しい気持ちがユリシスに込みあげる。魔物の中には上位とされる種も多い。既に戦場は大魔導師たちが駆り出され、それでもディアミドやアンニッキ、ローマンの力を借りてやっと押し返せている状態だった。
「俺たちだってそれなりにやってたつもりなんだが……」
「ハ、避難できねえ人間守りながらじゃ本気も出せやしねえんだろ。どいつもこいつも、大技ぶっぱなしゃあいいみたいな考えだからそうなる」
呆れた八鬼姫がくくっ、と笑いながら────。
「どうれ、中々に良い数をしておる。全ての獲物を喰らってやるでは愛弟子たちの出番もない。────きっちり半分。纏めて焼き殺してやるゆえ、しかと見届けよ!」




