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第21話「ひとりぼっちじゃなくていい」

 強く在らねば誰にも認められない。強く在らねば何を抱く事も許されない。強く在らねば。強く在らねば────。そうでなければ、何も守れないから。


 ミトラ・ラランは魔人種と呼ばれる人の姿に近い魔族たちのひとりだ。数はおよそ五十程度と少ないが、それでも魔族としては多い方だ。魔界に君臨する最強の種族。斯様な形で人の姿へと至った者たちでさえも恐れ敬う存在。


 もし、それらを恐れないのだとしたら、龍種くらいなものだった。


「ミトラはね。魔人の中でも類稀な才能を持って生まれた。他の魔人種が百年以上かけて辿り着く境地に生後五年ほどで辿り着いた。でもミトラは戦うのが嫌いな優しい子だったって聞いてる。ここまで戦いに貪欲になって、強さを求めるようになったのは、たったひとりの仲良くなった同胞の子だったんだって」


 長く生きるヴィンセンティアやローマンは、ミトラが成長する過程を知っている。強いがゆえに、同胞からの期待を一身に背負わされ、嫌だと言っても叶わなかった。戦わないのならクズだと蔑まれ、戦おうとするまで甚振られた。何千年に一度の逸材なのだから、強者になってもらわねば困ると言われ続けた。


 しかし、痛い思いをしてもミトラは戦おうとせず、黙って耐えた。最強には興味がない。最強である必要がない。強者の匂いに感化される理由もない。だから。自分より弱い者がいると、それを愛でた。戦う必要がないから。


「いつも優しくしてくれる子がいて、他の同胞の目を盗んではミトラに話しかけてみたり、ときどき食べ物を持ってくるようになった。二人が仲良くなるのに時間は要らなかった。それはでも、ミトラにとってはきっと地獄の始まりだった」


 いつものように狭い独房のような部屋に入れられていたミトラは、向かってくる足音を聞いた。友達の来る時間。待ちに待った、一日に一度だけの楽しみ。ときどき、来てくれないときはあったけど、それでも理由があるのは分かっていたし気にならなかった。話しているだけで、同胞からの執拗な暴力には耐えられた。


『やあ、ミトラ。お前の友達が来てくれたよ』


────そういって目の前に現れた友達は、首だけだった。


「あまり聞いてても嫌な話だったわ。顔も原型を留めてなかったらしいし。それが切っ掛けでミトラは壊れちゃったのよ。強さを求める魔族らしい魔族になって、同胞の殆どを殺してしまった。────メルカルトを除いてね」


 リリオラの体にぎゅっとミトラが力強く抱きつき、ゆっくり目を開けた。全身が痛む中で、「オレから話す」と小さく言った。深く深く抉られた大きな傷。それでも目を背けてはならないものだった。


「いいの、あんた、その体で」


「この結界の中なら他の誰も聞かねえんだろ。ならいいよ」


「そ……。じゃあ、続きは任せるわ。肩は?」


「貸してくれると助かる。情けねえよな、悪い」


 話すのにはそれなりの覚悟がいる。思い出せば苦しくなる。だが、言わねばならない事がある。黙ったままではいられない過去の話を。


「オレは全員殺した。どうしようもなく悲しくて、悔しくて、腹が立って。全員を殺した。そこに偶然いなかっただけのメルカルトを除いてだ」


 殺しても殺しても戻ってこない友達の姿を何度も脳裏に蘇らせては涙を流す。怒り任せに叫び、命乞いをする同胞の前でも冷徹な感情しか湧かなかった。殺した気分が良いかと問われれば、そうでもない。むしろ嫌な気分だった。


『やあ。随分殺したね、ミトラ。僕がいない間に酷い有様だ』


 そのときは理由が分からなかった。メルカルトは集落を離れていて、他の魔族たちと接触を続けていた。中立派と呼ばれる魔族たちを束ねるためだ。しかし、その真意については分からない。とにかくメルカルトは同胞たちとは違った。


『一緒に行こう、ミトラ。君はもっと強くなれる。分かるだろう、何かを守るためには強くならなくちゃいけない。最強でなければならない。そうだ。君は選ばれた魔族だ。あれだけの同胞を殺したのだから』


 理由はどうあれ、メルカルトはミトラにとって親にも近い。力を得るための方法を知っている。守るべきものを守る強さを知っている。だったら頼りにして当然だ。人間界へやってきたのも『君より強い人がいたらどうする?』という理由から。もし敵に回るのなら、先に片付けてしまってもいいと思った。


 しかし、実際はどうだ。仲間を想い、大切にする。平和を壊そうとする者と対峙するために力をつけている。────これほど羨ましい事があるか?


「あんたらには感謝してる。ここはオレの理想の世界だ。多分、メルカルトは此処を壊そうとする。だったら守りたい。そのためには最強でなくちゃならない。……その考えが頭にこびりついていて離れなかった」


 八鬼姫の格の違う強さも。アデルハイトの純粋さも。自分にはないものだったから嫉妬したと、ミトラは素直に認めて反省する。


「なあ、もういっかいだけチャンスをくれないか。今度はきちんと頼りにしてもらえるよう戦ってみるから。頼むよ、アデルハイト」


「うむ……。その、色々聞いておいて、そう頼まれるとあれなんだが」


 困ったようにアデルハイトは笑みを作って、頬を指でぽり、と掻く。


「最初から頼りにしてなければ、あんなふうに指示を出したりしないよ。お互い、動きにくい関係でいたくなかっただけだ。────今後もよろしく」


 差し出された手を見て、ミトラは自分が情けなくなった。自分ひとりだけが強く在る必要はなかった。もっとみんなで助け合えば、もっと強く在れる。全員で強く在れる。誰にも負けないくらいに。誰にも奪われないくらいに。


「ああ、頼む。今後ともな!」

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