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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第20話「強さに拘る理由」

 八鬼姫が鼓を打つように手をぱん、と叩く。瞬時に全員が八鬼姫の首に掛けられた小さな家の模型に入れられた。二度目だったアデルハイトは落ち着いていたが、他の面々は何が起きたのかと驚くばかりだ。


 しかし、そんな状況の説明もなく、八鬼姫は自らの大結界の中でミトラと真っ向勝負を行う事になり、全員に安全な場所での観戦を許可した。


「リリオラ、魔族式の決闘とはどういうものなんだ?」


「単純に戦うだけよ。でも、その決闘にはお互いの誇りが賭けられてる。もし負けたら、魔族としての尊厳を失うも同然よ。なのにあの馬鹿……」


 リリオラはミトラを心配そうに見つめた。決闘はほとんど殺し合いに近く、全力を出し切ってこそと言われている。だからこそミトラは魔性開放まで行って、周囲の影響を考えての封印を破った。


 魔力が形作る鎧は炎のように揺らめき、黒紫の輝きを放つ。絶大な魔力はエースバルトをゆうに凌ぐが、八鬼姫はそれを見て関心も示さない。


「あくびが出るわいのう。その程度で俺様と殺り合えると?」


「これがオレの選択だ。お前が如何に強かろうと、オレも誇りってもんがある。嘗められたとあっちゃあ、捨て置けない。────ぶっ殺す!」


 拳が眼前に迫ると八鬼姫は一歩も動かずに掴んで止めた。


「ぬるいな」


 掴んだ拳をぐいっと引っ張って、ミトラの姿勢を崩す。ぐらついた背中に向けて、持っていた煙管で叩く。コンッ、と軽い音だったにも関わらず地面を広く抉るように叩き割り、ミトラは一瞬、意識が飛びそうになった。


「ばっ……ざけんな! この程度で────」


 立ちあがると同時に、魔力の炎になんの躊躇もなく八鬼姫は手を伸ばして鷲掴みにする。簡単に持ちあがり、手に持った鞠でも投げるように、ミトラをまっすぐ放った。結界の中を無限に広がる建物が、いくつ吹っ飛んだかも分からない。全身を貫く衝撃に、なんとか体勢を整えたミトラは、八鬼姫が悠々と歩いてくる姿にぎりぎりと歯を軋ませた。ここまで虚仮にされる事があるか?


「なんじゃ、まだ立つんか。仕方ない小娘じゃのお……」


「この程度でくたばれるかよ。オレは百年掛けて魔将の星まで至った最強の魔族だ……。それをここで、こんなところで、傷つけられてたまるか!」


 腰を低く下ろすと右拳を添え、左手を広げて前に突き出す。


「滾れ、焔よ。────《火焔巨撃(グランドブレイズ)》ッ!」


 突き出した魔力の炎が、柱の如き巨大さで直線状に突き出される。あらゆるものを削り取るような灼熱は八鬼姫を喰らおうと突き進み────。


「下らん。俺様に力比べを挑む阿呆には教えてやらねばな」


 首に飾っていた家の模型を高く空へ投げ飛ばし、まっすぐミトラの魔力の炎に手を伸ばす。触れた瞬間、八鬼姫はぽつりと呟いた。


「咲き誇れ、灼き尽くせ。《百火送葬惨禍ひゃっかそうそうさんか》」


 掌から放たれた魔力が波のようにうねり、ミトラの放った魔力を呑み込み、焼き払っていく。誰もが、その光景に怖ろしさと美しさを感じた。広がっていく焔の風が渦を巻き、空へ昇り、蒼く輝きながら巨大な彼岸花を咲かせた。


 落ちてきた首飾りの紐をパシッと掴み、八鬼姫はニッと笑う。


「勝負あったのう」


 炎の中、ミトラは立っている。いや、踏ん張っているというのが正しいだろう。しかし魔力の鎧は罅割れて、輝きもぶれた。膝を曲げながら、しかし絶対に地を突かないという気合ひとつで立っていたのだ。


 とはいえ、八鬼姫の火焔は高濃度の魔力によって作り出されるもの。ミトラの鎧は自身を圧倒する魔力の前では、ただの布も同然で役に立たない。ぼろぼろと崩れて消えたときに露わになった瞳には色が宿っていない。意識を失っていた。


「これにて終幕。本日はここまで」


 家の中から放り出されるように全員がぽんっ、と出てくる。リリオラは即座にミトラの傍へ駆け寄って、今にも倒れそうな体を抱き留めた。


「なんでよ、ミトラ。ここまでしなきゃいけなかったの?」


 答えは帰ってこない。だが、そうしなくてはならなかった。ミトラにとっては弱いという事実は受け止められなかった。魔族の中でも最強として謳われるまで、決して良い環境にいたわけではない。


 むしろ彼女は弱かったのだ。生まれたときは、他の同胞に比べても。


「……リリ、オラ……?」


「ミトラ。あんたね、無茶しちゃダメじゃない」


「でも、オレ……強くないと、何も守れない……」


「勝てなきゃ弱いわけじゃないでしょ、馬鹿ね」


 疲れ切って、またすうすうと眠り始めて意識を飛ばす。


「リリオラ。どうしてミトラはそこまで強さに拘っているんだ。これからは仲間だろう。そこにわだかまりがあるままでは連携が取りにくい」


 誇りは大切にすべきものだが、かといってそれを大切にするあまり仲間を疎かにしては、肝心な場面で絶対に大きな問題が起きる。アデルハイトはそれを避けるためによく知っておくべきだと、図々しくも尋ねた。


「……うん。アタシもよく知らないんだけどね、ローマンが可哀想な子って言ってた。たったひとりの魔族の友達を同胞に八つ裂きにされたんだって」

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