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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第19話「五分の決断」

 力の差は歴然。手を伸ばそうとも届かない。雲を掴むような話と言われれば、その通りだ。総力を挙げての攻撃も通らず、八鬼姫の結界はビクともしない。


 こんなものは無理難題を押し付けられたも同然だと各々が感じる中で、アデルハイトだけは違った。八鬼姫は出来ない事を無理やりさせるほど愚かではなく、また出来る事を『出来る』と明言するほど易しくもない。だが必ずどこかに突破口があり、それを自ら見つけてみろと遠回しに言ったのだ。


 だから目を凝らした。洞察力に全てを賭けて、あらゆる攻撃をも跳ね除ける薄いのに頑丈な結界の弱点を探し続ける。


「(どこかにあるはずだ。致命的な弱点、私たちでも打ち破れる手段。圧倒的な実力差の中に可能性を残すとしたら、弱点を用意しておかなければ稽古にもならない。やみくもに真正面から挑むだけが戦いではない)」


 魔法を撃ち続けながら、何度も何度も確かめる。自分の攻撃だけではない。仲間の行動から技が跳ね除けられる瞬間を繰り返し観察して────。


「────見えたぞ、八鬼姫」


 不自然な結界の魔力の波の揺れ。攻撃を喰らう瞬間だけ僅かに位置が変わる。針の孔ほどの小さな隙。あえて残された脆弱な箇所は、八鬼姫の意思ひとつで無限に動き回り、あらゆる技のぶつかる最も威力の高い瞬間だけを避けるように動いている。狙うべき場所は分かった。後は攻撃を通すだけだ。


「全員、一旦攻撃をやめろ!」


 アデルハイトの声に、びたりと動きが止まる。


「んだよ、あとちょっとしかねえんだぞ!」


 残された時間は三十秒もない。だから────。


「私の指示に従ってくれ、時間がないから手短に言うが弱点が分かった! その場所を突くためには全員の協力が必要だ! 私の真正面以外の場所を一斉に、威力を落とさず攻撃を続けろ!」


 その意味を理解した者はいない。だが、アデルハイトの言葉に間違いはないと信じる事にした。それを八鬼姫は満足そうに笑みを浮かべた。


「(ハッ……たった五分足らずで見抜くか。最初にしては上出来────いや、出来すぎた才能と言うべきかのう。流石は大賢者よ、石ころ如きに頼った戦い方をするようでは話にならんと思うておったが)」


 結界が猛攻を受け、弱点はたった一か所に移る。残り十秒、アデルハイトはまっすぐ杖を向けて────魔力を纏った瞬間に杖から白銀の騎槍に姿を変えた。


「聖槍展開。天衣無縫、不殺の信念────《光輝極めし(ラグナ・オ)覇者の聖槍(ブ・レガリア)》!」


 一直線に射出された魔力の輝きが結界の小さな孔を穿ち、魔力を吸収して結界に著しい弱体化(デバフ)を与え、魔力を吸収しながら全体の防御力を落とし、全方位らか来る猛攻に耐え切れなくなって罅割れていく。


「……まだ未熟。とはいえよくやったな、てめえらはやはり強い」


 口からフッ、と煙を吐くと結界の中が煙で満ちる。次の瞬間、内側から強い魔力が波状に放たれて結界を内側から砕き、あっという間に周囲の攻撃ごと吹き飛ばしてみせた。煙が張れると、八鬼姫の頬からつう、と血が垂れた。


「────よくやった。てめえらが単純に己が強さに頼った戦い方をするのであれば、結界は最後まで砕けなかった。じゃが機転の利く奴がおったのう。あれほど微細な魔力の波を感じ取るとは」


 皆の讃える視線が集まると、アデルハイトは少し恥ずかしくなった。


「私は大した事はしていない。皆に頼っただけで……」


「てめえは戦いにおいて何が最も大切だと語る?」


 問われて少し答えに悩む。大きな戦いは弟子に任せて、アデルハイトは防衛戦に注力して最前線に立っただけだ。


「それは……分からない。ただチームワークは必要だとは思っている。個人で戦える能力などたかが限られていて、このふたつの目が捉えられる範囲の外までは届かないから。だから数が多ければ多いほど、それを補い合えればいい」


「うむ、素晴らしい解答をご苦労。では今日の所はヨシとしてやるかのう」


 最初にアデルハイトを四人の弟子の模倣人形と戦わせたのも、今日のためだ。四人同時に一人で相手にさせて洞察力と判断力を見極めて適切な稽古を行った。実際、そうしてアデルハイトは以前にも増して素早い解答に辿り着いた。


「これから先、てめえらが戦う相手は単純に数で押し切れるほどの敵ではあるまいよ。じゃが必要なものは得つつある。後は残りの日数を……」


「おい、待てよ。それじゃあ何か、オレたちはアデルハイトの飾りか?」


 ミトラが八鬼姫に突っかかった。魔族最強である事に誇りを持っている以上、たとえ仲間であったとしてもアデルハイトという『人間』よりも劣ると言われた気がして、誇りに傷を付けられたと感じた。


 だが八鬼姫は遠慮なく、突きつけるように────。


「力だけで捻じ伏せるだけで生きてきた分際で雑魚が図に乗るな」


「っ……! それでも納得できねえんだよ! なんでコイツには……!」


「コイツには出来て自分では無理なのか、と?」


 図星を突かれてミトラが押し黙ってしまう。


「はん、馬鹿馬鹿しい。では相手してやろう。完膚なきまでに叩きのめされれば気が済むのじゃろう。俺様は間違っていない。魔族のやり方で示してやる」

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