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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第18話「遠い世界の昔話」




 八鬼姫の稽古はハードスケジュールだった。本来は三日掛けて行うところをルシルやシェリアのために些かの時間を割いたので、その分を穴埋めするために容赦なく行われた。ルールはお馴染みとなった『八鬼姫に掠り傷でもつけられたら勝ち』というもので、戦闘を通じて実力をあげていく単純な手法だったが、それなりに効果はあった。特にアデルハイトは、実力溢れる面々の中でも最も先を行った。


「……うむ! それでは三十分の休憩!」


 二時間ぶっ通しで戦い続け、全員が疲弊している。にも関わらずたった三十分だけかと抗議が来ると、八鬼姫が『そんなに希望するのなら休憩は削るか……』と呟いたため、全員大人しく、配られたおにぎり片手に休憩を始めた。


「っかあ……! なんであんなに届かないかねえ、オレの拳が!」


「お前はよくやってるさ、ミトラ。八鬼姫は異常がすぎる。どこから来たのかは知らんが、あれが本気で戦う世界があるだなんてゾッとするよ」


 何となく気になって稽古を始める前にアデルハイトが『あなたのいた魔界ではどのくらいの強さだったのか?』と質問したところ、八鬼姫は指折りで数えて自分が五番目であると言った。なんとも良い笑顔で。


「あれが五番目なんて信じらんねえよな。どんなバケモン揃いだっての」


「ほお、俺様の話が聞こえてきたんじゃが、気のせいかな?」


「ひいっ、出やがった! くそお、盗み聞きするなんてサイテーだぞ!」


「よく聞こえる声で話しといて何を言いやがるんだか」


 八鬼姫は二人の前に座って、目の前で笹の包みを広げておにぎりを食べ始める。それから「退屈しのぎに昔話をしてやろう」と言った。興味津々な反応を示す二人を面白がり、ぽつぽつと話し始めた。


「俺様の始まりは小さな人間との縁じゃった。豊穣をもたらす地主神として崇められ、ときには直接的な交流も持った。しかし、人間は俺様を裏切った。裏切って殺されて、蘇ってはまた人間を愛し、そして裏切られる繰り返しを経験した」


 心が擦切れ、愛した数だけ憎しみを抱いた。やがて地主神は憎悪と怒りに呑み込まれて、人々を滅ぼす邪悪な九尾の魔族へ変貌していった。しかし九尾の魔族は最後には人間に敗れて封印されてしまう。人々に裏切られながらも先陣に立ち、どこまでも博愛に満ちた愚かな人間の手によって。


「俺様は千年封印され、そして千年後、これもまた人の手によって救われた。その者は気高き心で人間と魔族を繋ぎ、自分達よりも遥かに強大な敵を打ち破った。そりゃあもう、奇跡みたいな時間であったものじゃ」


 人間と魔族が手を取り合うなど本来ならばあり得ない。だが八鬼姫の世界では現実に起きた事だ。今いる場所とは違う人間の世界があって、ミトラたちの暮らす場所とは違う魔界がある。八鬼姫は、そんな世界を渡ってやってきた。大きな力を以て次元を切り裂き、新たな世界で『人間と魔族の可能性』について調べるべく。


 奇跡であったと思った事は奇跡ではなかったのではないか。もしかすると、他の世界でも同様の事が起きるかもしれない。そう思ってやってきた場所で八鬼姫は確信に至った。人間を思いやるヴィンセンティアと、魔族と手を取り合う事を気にしなかったラハヤの二人が、奇跡を思い出させた。


「俺様は、この世界に住まう人々が世界を救う姿を見届けたい。俺様が救うのは簡単じゃが、やはり二人の言うておった通り、てめえらの力で救うべきじゃと思うておる。それはこの世界に住む者たちに与えられた使命とも言えるじゃろう」


 真剣な話をした後、指についた米粒まで残さずぺろりと平らげて。


「さて、ちと昔話が長くなってしもうたな。とにかく、てめえらはてめえらで自分たちの居場所を守り抜いてみせろ。……俺様をがっかりさせるなよ」


 その言葉は露骨にアデルハイトに向けられている。かの未来を既に見てしまっているために、どれだけ強くなったとしても死を迎えるのは分かっていた。


「私がそんなに頼りなく見えるか、八鬼姫。お前が見たものがなんであれ、私はその運命さえ覆してみせよう。そのためにはまず、力を付けないとな」


「かっかっか! 言うてくれるわ。では休憩もそろそろ終いにしよう!」


 八鬼姫が大きく二度、手を叩いて注目を集めた。


「見たところ全員、休憩は済ませたようじゃ。であれば、二分早いが稽古を再開する。ついてこれぬ者は無理せずに申告するように!」


 腹も満たして気合十分な面々を見て、思っていたよりもずっと出来る連中だと八鬼姫はとても満足げに微笑み、食後の煙草を吸い始めた。


「ずうっと稽古では疲れるじゃろう。俺様は結界を張って何があっても此処から一歩も動かん。まずは煙草を吸い終えるまでに壊せなければ次のメシは抜き。もし掠り傷でも与えられたなら、もう一品くらいの贅沢を許してやろう」


 提供される食事は全て八鬼姫の手料理で、味の良さは保証されている。他にどんな料理が出て来るのか、と皆が顔合わせて打倒八鬼姫を掲げた。


「けっ。食い意地で強くなろうとするんじゃねえよ、まったく。てめえらという奴は……ま、今回は大目にみてやろう。かかってこい、ガキ共!」

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