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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第15話「強くなるための準備を」




「さあ、てめえらを汗くさいまま寝かすわけにもいかぬ。さっさと湯浴みを済ませてこい。その後で今日の反省会でもしてから寝るんじゃな」


 結局誰も八鬼姫には手も足も出なかった。気絶から復活した阿修羅やミトラが再び挑んだものの『今日はしまいじゃ』と、軽く殴られて二人共、二度目の気絶となった。相手にならなさすぎて、その後は借りてきた猫のようにすっかり大人しく、意気消沈してどんよりしたままだった。


「おう、待て。ルシルとシェリア、それからアデルハイトはこっちに来い」


 央佳が皆を浴場へ案内する中、八鬼姫は三人を呼び止めた。


「どうした、私たちが何か……」


「いや、明日からの修業じゃが、ルシルとシェリアは今のままでは加わる事もできんじゃろう。それで風呂に入る前に俺様が魔力の器を拡張してやろうかと」


 かなりの激痛を伴うので、耐えているだけで全身から冷や汗も噴き出るだろう。であれば、先に施術を施しておいた方が良いと八鬼姫は言った。そうでないと痛みで半日は使い物にならず、これもまた修業への参加も困難になるから、と。


「私は構いませんが……シェリアちゃんは?」


「言わずもがな! ボクも皆に置いていかれるのは嫌だからね!」


 意気込みたっぷりの姿に八鬼姫は満足そうに頷く。


「待て、私が一緒に行く理由は? 魔力の器の拡張は私も受けるのか?」


「いいや。てめえらバケモンにくれてやる施術はねえ。そもそもな話が耐えられねえ。器が完成型に近いから、下手すると炸裂して死んじまう」


 人間の肉体では魔族とは違って影響が大きく、どう作用するか分からない。少なくとも八鬼姫は実験せずとも『まあ九割死ぬ』と見ただけで分かる。それほどアデルハイトたちの器は頑丈で、抵抗力が強い。


 一方、ルシルやシェリアは完成には程遠い。器そのものが薄い膜のようで抵抗力も弱い。とはいえ心臓に纏わりつく魔力の器は、触れれば当然、人間には本来であれば耐えられないような苦痛を伴う事になる。ルシルとシェリアのどちらもがやると言ったからには八鬼姫もふざけた事は言わなかった。


「ええか、魔力の器は抵抗といやあ聞こえはいいが、実際は触れると命を縮める心臓に絡みついた火薬のようなものじゃ。そこに俺様が魔力を慎重に注いで、器の性質を変えれば、より強固な抵抗力を持つようになる。じゃから、やるとなったら命を懸ける事になるが……本当に構わねえんだな?」


 深刻な話だ。ルシルには子供もいるし、シェリアにはやっと仲直りしたばかりの母親がいる。どちらもこれからの未来が詰まっているのだ。世界を救うのは他の誰かに任せて安全な場所で過ごすのもひとつの正しい選択になる。


 それでも、ゆっくりと、深く頷いて固い意志を示す。


「わかった。ではこっちの部屋でやろう」


 適当な部屋に入ったら結界を張って他の誰もが出入りできず、外部へ音も漏れないように施す。絶叫が響いて勘違いを招いてしまわないためだ。準備が整ったら、八鬼姫は袖をぐいっとまくった。


「よし、ではアデルハイト。てめえは身体強化の魔法を自分に掛けておけ。こやつらを抱き留めておく必要がある。のたうち回られては施術が出来ん」


「わかった。そのために私を呼んだんだな」


 準備のためにアデルハイトは呼吸を整えて全身に魔力を巡らせる。その間に八鬼姫は事前に何を行うかを丁寧に二人へ説明する。


「良いか。俺様の腕はてめえらの体を透過する。しかし、そりゃ肉体にだけの話で服は透過できん。ゆえに上半身は裸になってもらう。背中から腕を突っ込む、前にはアデルハイトにいてもらって、てめえらはしがみついてればいい。爪が食い込もうが咬みつこうが構わねえ。どんな方法でもいいから痛みに耐えろ」


 言われたとおりにまず服を上だけ脱ぐ。まずはルシルからだ。


「……こ、これでよろしいですか?」


「何を恥ずかしがって前を隠しとるんじゃ。アデルハイトには見られるぞ」


「うぐっ……! 魔族には羞恥心というものがないんですか!?」


 顔を真っ赤にして怒るルシルに何を子供じみた事をと八鬼姫は耳を掻く。


「あったら言うとるかい、阿呆め。ほれ、下準備をするから手を下ろせ。まずはてめえの魔力と俺様の魔力を同調させるからよ」


 渋々と腕をまっすぐ下ろしたルシルは恥ずかしそうに顔を背け、拳をぎゅっと握って早くしてくれと言わんばかりにぴんと背筋をまっすぐにする。八鬼姫はうんうん頷いてから、彼女の体をジッと見つめて────。


「うん、これはなんとも触り心地が良い────あ゙うっ!?」


「関係ないことしないでよ……!」


 拳骨を打たれて倒れた八鬼姫はそのままの姿勢で申し訳なさそうに「すまん、なんとも大きくて触り心地が良さそうじゃったので」と率直に謝罪してから起き上がり、鼻血を垂らしたまま気を取り直そうと咳払いをする。


「うむ、では首をあげよ。そこからまっすぐ指でへその辺りまでなぞって、てめえの魔力を俺様の魔力に馴染ませる。人間と魔族では魔力の性質がやや異なるゆえ、いきなり突っ込むと透過がうまくいかずに穴をあける事になるからのう」


 今度は真剣に、なんの間違いもなく八鬼姫はつうっと指をなぞる。少しくすぐったいが、触れられた箇所からじんわりと全身に波が広がっていく感覚は悪くない。ルシルの固い表情もほぐれていった。


「……よし、十分か少し試そう」


 胸元に指先だけを透過する。


「何か感触はあるかのう、チクチクするとか、ざらざらするとか」


「いえ、何も。本当にすり抜けてるのかすら分からないくらいです」


「なるほど。ではまったく問題はねえのう。始めるとするか」


 ちょいちょいと手でアデルハイトを呼び、二人を向かい合わせて座らせて、互いに抱き合わせたら、八鬼姫は片膝を突いてルシルの背に手をそっと置いた。


「もし苦痛を感じても耐えよ。アデルハイトも、肉を食い千切られようが顔色ひとつ変えぬ程度には耐えてみろ。────では始める」

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