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第13話「九尾の八鬼姫」

 手で五分を示す。たった五分。その場にいた全員に火をつけるには十分な言葉だった。確かに大きな実力の差はあれども、全員で掛かれば五分など余裕だと全員が思った。なにしろ腕に自信があり、これまで幾度もの修羅場を潜ってきた面々だ。五分だけ戦う事を許可するとは、五分もあれば十分と言われたも同然だと反感を買った。特に、その中で最も実力のあるミトラはあからさまに苛立った。


「五分だあ? こっちは十分でもやれると思うぜ、疲れててもな」


「疲れてなくとも五分も要らぬが」


「ッ……馬鹿にしやがって。オレたちはそんなに弱いってのかよ」


「おうとも。少なくとも、次の戦争は今のままじゃ勝てんじゃろうのう」


 メルカルトは魔族としても最上位。それこそミトラに劣らない。だが、それ以上に厄介なのは長く生きてきた事による狡猾さ。どんな手段を以てしても目的は果たす。ヴィンセンティアは言った。ミトラでさえどうにでもできる手段があるはずだと。ならば、それを覆せる力を得させなければならない。


 八鬼姫の考えは、とにかくひたすら戦わせる稽古ではあるが、戦いの中で生きてきた者たちにとって遥かに実力差のある相手との戦闘は大きな糧になる。たった三日間でも十分な成果が得られるという判断だ。


「どっからでもかかって来てくれて構わんぞ。俺様はいつでもやれる。その瞬間から五分を測る。てめえらがそれまで俺様に掠り傷でも付ければ勝ち。できなきゃ明日の朝からまた同じ稽古を繰り返す」


「上等じゃねえか。だったらオレから行かせてもらう!」


 先陣を切るのはミトラだ。踏み出した一歩は音速のように、拳の威力は砲弾の如く。しかし、八鬼姫はその場から動かずに煙管で受け止めた。


「はっ!? こんな小さい鉄くずで……!」


「なんじゃ、そんな小さいガキの拳で勝てると思うたのか」


 受け止めた拳を煙管で地面に叩き落し、体勢を崩したミトラの脇腹に向かって軽く蹴りを入れる。軽いのは動作だけで、その重さは息すらできなくなる。ミトラは建物をいくつも消し飛ばして地面を抉りながら滑っていった。


「左舷、右舷。てめえらは良くいえば側面からの攻め手に長けておるが、悪くいやあ、一心同体の動きが仇になってるのう」


 両脇から振りかぶった金棒をひょいっと跳んで避け、左舷と右舷の金棒がぶつかり合って止まると、その上に立って煙をふーっと吐いて余裕をみせる。


「ぬあ~っ! ウチ、このひと嫌いかもしんない……!」


「アタシもっすよ、蒼ちゃん! 金棒がぴくりともしねえっす……!」


 地面から伸びた黒く淀んだ魔力を帯びた鎖が金棒と左舷、右舷の両足を絡めとっている。八鬼姫が軽く足踏みすると金棒は地に落ち、二人は揃って叩きつけられた。鎖はその瞬間を逃さず全身に巻き付いて縛りあげた。


「弱いのう────おっと、っと!」


 殺意に満ちた鎌が首を刎ねようと回り、八鬼姫は体を後ろへぐっと逸らして後転して躱す。リリオラの狙いは鋭く、その素早さにも目を見張るものがあったが、八鬼姫の隙を突くには遅かった。


「うっそでしょ、完全に意識の外側だったはずなのに!」


 双翼を羽ばたかせて上空へ逃げたリリオラが下を見る。左舷と右舷の傍にいたはずの八鬼姫がおらず、どこを見回してもいない。


「えっ!? どこいって────」


「空に浮くのがてめえの専売特許かよ、リリオラ?」


 背後で煙管を咥えた八鬼姫がすうっと息を吸い込んで、口をかぱっと開けて吐き出す。ただの煙ではない。全身に纏わりつく粘りのある魔力に捕まったリリオラが、羽ばたく事が出来ず、脱力に負けて落下していく。


「ちょっ、何よこれぇ────!?」


「おっと! 大丈夫か、リリオラ!」


 飛んできたリリオラが片手にリリオラを受け止める。杖を八鬼姫に向けて追撃もしっかり警戒した。


「アデルちゃん! キャッチありがと、お礼にキスしてあげよっか!」


「お前馬鹿なのか。状況を考えろ」


「ちぇっ、後悔しても知らないからね! アイドルからのキスよ!?」


「だったら八鬼姫との戦いが終わってからにしてもらおうか」


 杖の先に溜まった魔力。強烈な風が渦巻いていく。


「通用するとは思えんが────《エアロドライブ》!」


 竜巻が獲物を切り裂こうと八鬼姫へ突進していく。八鬼姫は平然とした様子で、目の前に迫った瞬間に「フッ」と蝋燭をかき消すように息を吹く。たったそれだけで、かなりの魔力を籠めて放った《エアロドライブ》は相殺するどころか一方的に負け、逆に貫いた吐息の暴風がアデルハイトたちを襲った。


「ぐ……ば、馬鹿げてるッ……!」


 耐え切れずに吹き飛ばされて地面に激突そうになるのを回復したリリオラが羽ばたいて間一髪で着地する。翼がへし折れそうだった、と空を見上げて、絶望的な実力の違いを目の当たりして言葉を失う。


 掠り傷を付ければ勝ち。────そんなものは、非現実的だ。


「けっ、わちきらが五分持ちこたえる方が無理じゃろ、これは。加減っちゅうもんを知らねえのか、わちきのお師匠様っつうのは」


 阿修羅に苦言を呈されて、降りてきた八鬼姫がくくっと笑った。


「それを三日で出来るようにしてやろうと言うておるのだ、阿修羅よ。もし耐えられねえってんならやめても構わねえぜ。その代わり死ぬだけの事。俺様には大して関係のない話じゃ。本気も出さねえ、そこの魔族共もよく聞いておけ」


 八鬼姫に睨まれて、ミトラとリリオラが息を呑む。魔力を感じなくなった八鬼姫の尾が九本になり、近くにいるだけで全身が潰れそうな威圧感を覚えた。


「てめえらが仮に本気になろうと俺様に指一本触れるのは至難の業。遠慮は要らねえ。殺す気で来てみろ。でなきゃ俺様がてめえらを此処で殺してやる」

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