第20話「いずれ分かる事」
三人揃って帰る。せっかく仲良くなったのに、一人だけ置いていくなどできるはずもない。特にアデルハイトはそういった仲間意識が強い。だからこそ弟子たちを信じて警戒のひとつもしなかった。死んでから愚かだったと思い直しても、もはや性分なのか、結局なにも変わらないままだ。
「終わりましたわ。お待たせして申し訳ありません」
「いやいや、一緒に帰りたいからと私たちが決めた事だ」
「ふふ、お優しい人たちですわね。では行きましょう」
三人が和気あいあいとしているのを教壇から見つけたクリフトンが、彼女たちの近くまでやってきて、教科書で肩をトントン叩きながら。
「いつまで居座ってる。講義が終わったら速やかに出ていくように。……それからローズマリー、お前は根を詰めすぎだ。初日からそれでは持たないぞ」
「はい、先生。肝に銘じておきますわ」
怪しいものだと目を細めるが、それ以上は何も言わなかった。
「わかったなら出ていけ。講義室閉めたいから」
「なあ、クリフトン。どうして午後の講義はないんだ?」
「呼び捨て……。まあいい、言っても聞かないよな」
アデルハイトに尋ねられてクリフトンはローブの襟を正してから答えた。
「キルケ魔法学園は生徒の自主性も才能のひとつだと考えてる。午前中に教えるべき事を詰め込んで、後は自分たちで自習させる。そのために敷地も広く、訓練場も三か所設置されてるんだよ。学ぶ気のない奴らは下級魔導師の称号も手に入りやしない。だから初日に言っただろ。出来の悪い奴に講義を受ける資格はないというのは、努力もしないで学園を卒業できると思ってる奴の事だ」
残念ながら毎年、一定数はそういう者が出てくるのだとクリフトンは語った。努力もせず、家門の名を穢すような堕落した生徒が。
家業を継げばいいと安易に考えていたり、コネさえあれば魔導師として迎えられると勘違いした者は、後に痛い目に遭っている。出来の悪い魔法使いなど誰からの信頼も得られないし、ましてや基礎を学ぶ魔法学園で落第となれば、誰が仕事を与えてくれようか。精々黙って庭の草むしりでもさせられるのがオチだ。
「これが残念な事に年々と脱落者が増えてる。ま、それも時代だな。皆、持っている魔力の量も質も申し分ないのに勿体ないよ。俺みたいな中級魔導師でも雇ってもらえてるのは幸運みたいなもんだ。担任なんて面倒だがな……」
話は終わりだ、と三人は講義室を追い出された。クリフトンも仕事がまだまだ山積みだ。いつまでも生徒の相手をしていられない。のんびり話す方がよほど気楽ではあったが、彼も暇ではないのだ。
「じゃあボクたちも帰ろうか」
「そうですわね。長居をしても仕方ありませんわ」
仕方なく校舎を後にして帰り道を歩く。たむろしている何人かの生徒たちが、その学年に関わらずアデルハイトを見て嘲笑を浮かべてヒソヒソ話す。
「恥を知らないんだな、決闘に負けたのに堂々と」
「大魔導師様が中断してくださったのも温情だって気付いてないみたい」
なんともみすぼらしい思考回路かとアデルハイトは深く呆れた。相手にするだけ時間の無駄。クリフトンの言う通り、世の中には努力をする才能を持たない者たちがいて、なのに彼らには自覚がまったくない。
「我慢はいけませんわ、アデルハイト。少しはビシッと言っても……」
「後悔するのがどちらか、いずれ分かる事だよ。放っておこう」
実力のない魔法使いたち。他人を運が良かったと嗤って自分達の足りない部分に見て見ぬふりをする。放っておいてもいつかは自滅する、そんな彼らのために時間を割く事は無駄だ。相手にする気がまったく湧かなかった。
「喧嘩を売ってくるようなら買うけど、陰口を叩いて自尊心を保ってるだけだ。私の事であんなのをいちいち相手にしてたらキリがない」
「……まあ、あなたがそう言うのなら構いませんけれど」
ローズマリーは陰口が大嫌いだ。言いたい事があるなら直接言えと叫びたい。しかしアデルハイトが『言わない』と決めたのなら従うしかない。なぜあんな連中を野放しにするのだと不満を感じた。
とはいえ実際アデルハイトの言った通り喧嘩を売られる事はなかった。陰口を叩いて自分たちの感情の隙間を満たすだけ。なにしろ初日に重力魔法で地面に叩きつけられた生徒がいるのは誰もが知る話だ。自分たちも同じ目に遭うのが怖くて、とても挑発しに行こうという気は起きなかったのである。
「やだな~、あんな事で自尊心を保つなんて。虚しくなっちゃうよ」
「なに、まだ子供だ。これから学ぶ事だってあると思う」
「あははっ、アデルハイトだって子供じゃん。面白い事言うね」
「……む。そうか、今はそうかもな。それもいい」
なんとなくかみ合わない会話。何を言っているのだろうとシェリアたちは首を傾げたが、アデルハイトが楽しそうだったのでわざわざ聞かなかった。
「さて、お前たちは特別指導だろ。私は免除されてるから先に戻るよ」
寮に戻るなり、ニヤリとしながら言った。
「ええっ!? ボクたちそんなの聞いてないよ!」
「聞き捨てなりませんわ、あなただけ特別扱いだなんて!」
ちょうどそこへ庭を散歩していたワイアットが顔をのぞかせる。
「アデルハイトに教える事はない。私はあくまで大魔導師を目指す者のサポートをする事が目的だ。それが分かったら、さっさとこっちへ来なさい」




