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第12話「それでも及第点」

 魔将の星。最強を誇った魔族、ヴィンセンティア・アトラク=ナクアは時間を巻き戻す事だけが取り柄ではない。単純すぎるほどの基本的な能力の高さによって凶悪なまでの強さを実現している。その実力はミトラを遥かに凌ぎ、圧倒的な魔力の前に修羅場を潜ってきたアデルハイトでさえ息を呑んだ。


「正面からぶつかり合うのはわちきらに任せろ! 左舷、右舷!」


「あいあいさ~、姐様!」


「アタシらの本領発揮ってとこっすかねぇ」


 少しでも気を引いてアデルハイトたちに隙を狙わせようと考えた。


 だが、三人が前に出るやいなやミトラが叫んだ。


「おい馬鹿、ヴィンセンティアに正面から挑むんじゃねえ!」


 打ち合いになるかと思われたとき、ヴィンセンティアが阿修羅を相手に片手で戦斧を振り下ろしながら、空いた左腕が引っ張るような仕草をする。途端、三人の行動が巻き戻されて無防備を晒す。


「ばっ……なんとォ!?」


 狙いはひとり。三人を巻き戻したのは邪魔をさせないため。しかし、その場に迫った相手のみを対象にした能力は他の誰にも制限は与えていない。空から降り注ぐ無数の斬撃がヴィンセンティアを捉え、その隙にミトラとアデルハイトが阿修羅を下がらせて追撃をかわす。


「す、すまねえのう……。じゃが攻略法は分かったんじゃねえのか?」


「馬鹿言うなっつの。見ろよ、リリオラがそこそこ本気で叩き込んでアレだ」


 砂煙の中から現れたヴィンセンティアの体はまったくの無傷。ただひとり戦い抜き、全てを救おうと命を賭した英雄でありながら、一時代を築いた怪物でもある。生半可な戦いでは手も足も出ない。


 リリオラが前に出て、やっとまともに打ち合える。時を戻す能力を駆使されても、リリオラは自身の体を複数の蝙蝠を影として散らす回避能力がある。接近戦で反応できる速度の斬撃であれば、いくらでも躱せた。


 そこへ左舷と右舷が左右から金棒で食らいつくように打撃を加えるが、やはりヴィンセンティアの体はびくともしない。頑丈と呼ぶにはあまりに硬すぎた。


「……わちきは、やはりあやつほどの強さには至っておらぬのか」


 目の前で戦うリリオラに唇を噛む。惨敗してから初めて修業というものをまともにやった。八鬼姫の修行法ではなく、自分なりのやり方で。それでは到底追いつけなかった現実に、悔しさが滲んだ。


「阿修羅、ぼさっとしている暇はないぞ。そうやって悔しがる間もリリオラは目の前で戦ってる。私たちには立ち止まっている暇なんかないだろう」


「ちっ……。言うわいのう。あぁ、まったくじゃな!」


 マガツノツルギを構え、すうっと息を吸い込んで────。


「どけえっ! わちきがデカいのをぶち込んでやる! 六天裂くは我が刃!────《天魔参式・禍津神之太刀(まがつかみのたち)》! 砕け散るがいい!」


 巨大な妖力の塊が斬撃となってヴィンセンティアを狙う。仲間がいようがお構いなしに放たれて、リリオラが慌てて左舷と右舷を捕まえて退避する。


「ばっ……アタシたちごと殺す気とかまともじゃないでしょ!?」


「姐様容赦ないっす~! そこがまた素敵!」


「さっすがウチらの姐様! 最高だぜ~!」


「あんたらは本当にそれでいいと思ってんの!? 駄目よ、それ!」


 間一髪で躱した斬撃はヴィンセンティアに直撃する。防ごうと重なった前脚二本がばらばらに千切れ、前のめりに倒れそうになった。だが、時を戻す能力は瞬時に前脚を元に戻して体勢を立て直し────。


「おっと、そう簡単にはいかんぞ」


 竜巻がヴィンセンティアの体を切り刻んでいく。アデルハイトの《エアロドライブ》が、高まった魔力で巨躯がよろめくほど威力をあげた。吹き荒ぶ風が止むと、懐に飛び込んだミトラが拳に魔力を籠めた一撃を胴体に叩き込む。


「ぶっとびやがれええええええええッ!!」


 打ちあげた拳は触れると魔力が爆発を起こしてヴィンセンティアの下半身にある蜘蛛の体を抉るように吹き飛ばす。一対一では勝てなくとも、多対一なら不可能ではない。追い詰めた────と思った。


「駄目よ、止まったら! ミトラ、危ない!」


 慌てて飛んでいったリリオラがミトラの体に突っ込み、振り下ろされた斧から救う。その代わり、リリオラの片足が斬り飛ばされて宙を舞った。


「っ……リリオラ! おい、大丈夫か!?」


「馬鹿ねえ、こんなので死ねたら魔族してないって」


 傷から出血はあるものの、魔族にとっては片足など些細なものだ。少しの時間があれば、元の形に戻るだけの再生力はある。追撃が来ないかとヴィンセンティアを見ると、半ば人形に戻りかけた状態でぎこちなく動いていた。


「隙ありじゃあ────ッ! ぶっ壊れろ!」


 阿修羅が上空からマガツノツルギを突き立てて、ヴィンセンティアを背中から貫く。砕け散った木片が散らばり、人形は魔力を失って元の形に戻っていく。なんとか倒し切った、と全員の気が抜けた。


「お、終わったのかのう……? これで?」


「案外、あっさり終わらされたな。とはいえかなり魔力を使ったが……」


 剣を引き抜いて阿修羅がホッとする。リリオラが親指を立てたのを見て、つまらぬ嫉妬心だったかもしれんな、と自分に呆れた。


「ところでよ。オレたち結構頑張ったと思うけど……まさか続かないよな?」


「そのまさかだったりするんじゃなあ、これが」


 頭上からふわっと降りてきた八鬼姫がニコニコと嬉しそうな顔をする。


「見事じゃった。ま、及第点じゃな。……俺様のダチは強かった。紛れもなく。じゃが流石に、現・魔性の星に加えて、阿修羅やアデルハイトまで加われば、流石にどうにもならんらしい。というわけでじゃ」


 ふーっ、と煙を空に向かって吐くと、アデルハイトたちに告げた。


「あとは俺様と勝負するくらいじゃのう。ガラクタ遊びは良い準備運動になったじゃろ。ここからが本番────五分だけ、俺様と戦う事を許可する」

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