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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第11話「千年前の星」

 灼熱の炎が一帯を焼き尽くす。ジルベルトの人形が放った技とぶつかりあって炸裂し、天まで昇る炎の柱が轟音と共に爆発する。八鬼姫は咄嗟に結界を張ってシェリアとルシルを守り、眉間にしわを寄せた。


「馬鹿者が、威力が高すぎる……!」


 八鬼姫の尾が増え、一瞬は衝撃に耐えかねて罅の入った結界が修復されていく。放っておけば、危うく結界の外部まで激しい衝撃波に呑まれた。遠慮を知らないのかと八鬼姫はむかつきながら、更地になった街並みの爆心地に立つアデルハイトを見つける。傷ついてはいるが、さほどではない。魔力も満ちていた。


「どうだ、八鬼姫。これで合格か?」


「ハッ、そう慌てるでないわいのう。序の口じゃ、そんなもん」


「……これでか。厳しすぎて泣きそうだよ」


 ぺたんとその場に座り込んで、はあ、と大きく息をつく。久しぶりに戦った弟子四人の姿を見て、まだまだ強くなれると自信が胸を満たす。


「やるじゃねえか、アデルハイト!」


「アタシたちも戦ってみたかったなぁ、今の」


 リリオラとミトラが労いにやってきて、思い切りタッチする。阿修羅たちも流石はアデルハイトだと勝利を祝った。────だが。


「楽し気にしてるところ悪いがのう。どうやらラグナで魔力が全快どころか、さっきの倍は強くなっておるようじゃな、アデルハイトよ」


「八鬼姫……。はは、まさかこれからもう一本やるとでも?」


 勘弁してくれとひらひら手を振ったアデルハイトに、八鬼姫は微笑んだ。


「おう。これで終わるわけねえだろ。次はてめえら全員で戦ってもらう」


 ぱちん、と指を鳴らすと空から傀儡人形がひとつ振ってくる。全身に黒い霧のようなものを纏った傀儡人形は、八鬼姫の再演によって姿を得ていった。八鬼姫が再び離れていき、遠くから戦いの開幕を告げた。


「さあ、第二幕、開演の時間と相成った。今日の稽古はこれにて終い、超えねば死に、超えれば生きる。ぬしらと戦うは空より堕落せし魔性の星!」


 傀儡人形に纏った魔力が姿を映した瞬間、ミトラとリリオラが驚愕し、アデルハイトも目を見開いた。そこにいるのは────。


「ヴィンセンティア・アトラク=ナクア。我が朋友にして最強の魔族の残滓。俺様と争った千年前の模倣体じゃ! こやつの格はそのままに再現してやる、それ以上でも以下でもなく、俺様と戦った当時そのままに!」


 下半身が巨大な蜘蛛に変貌し、ヴィンセンティアの両手には巨大な斧が握られる。目の当たりにしたリリオラが鎌を手に、ぎゅっと唇を噛む。それから、怒りに満ちた表情で八鬼姫に叫んだ。


「ふざけんな! ヴィンスはこんなに強くなかったし、戦えない魔族だった! アタシの相手をしてくれたときだって、ここまでじゃ……!」


 何が再現だ。ただの八鬼姫が理想とする強者を創っただけに過ぎない。これはヴィンセンティアに対する侮辱に他ならないと抗議する。だが、八鬼姫は煙管を咥えて、何を気に留めるわけでもなく、冷たい視線を返す。


「千年前のそやつを知っておるのか、てめえは?」


「そ、それは────」


「はん、ならほざくな。あれが弱くなったのは誰のせいじゃと……」


「え?……待って、それってどういう事? 弱くなった?」


 口が滑った、と視線を逸らした八鬼姫が煙管を指でつまんで知らぬふりをするが、ミトラも納得がいかない様子で加わった。


「弱くなったってどういう事だよ。リリオラが原因だってのか」


「……ちっ、しゃあないのう」


 どかりと建物の屋根に座って、戦いを始める前に八鬼姫は語った。


「ヴィンセンティアは本当に強かった。じゃが策略家ではねえ。賢くもねえ。そのくせ誰かに相談する事もしねえでひとりで背負い込んで、全部が終わるってときにやっと口を開きやがる。あいつはテメーがメルカルトの罠に嵌ってから、何度もあのクズ野郎に操られてはアデルハイトたちを殺し、あるいは殺されるてめえらをなんとかするために時間を遡り続けた。そのせいで弱っちまったんじゃ」


 いつもアデルハイトたちの前にはメルカルトに従うミトラやリリオラがいた。そのうち二度はヴィンセンティアが手ずから葬ったが、殺しては勝てない。殺されても勝てない。であれば二人は敵に回ってはいけない。どうにかして味方に引き込まなければメルカルトだけならいざ知らず、エースバルトまでも対処しきれない。


 何度も繰り返した結論が、ヴィンセンティア自身の死。アデルハイトの生存、ミトラとリリオラを味方にする事。それさえなければ、呪いもどうにかなったかもしれない。八鬼姫は、言葉にすると僅かな憎しみをミトラたちに向ける。


「てめえらは所詮、メルカルトにも劣る種に過ぎぬ。であれば、あれが純粋な力で勝てなかったヴィンセンティアを全員で仕留める気概でもなきゃあ、勝てる相手ではないわいのう。────細けえ話はここまでじゃ。始めろ」


 ヴィンセンティアの人形が動き出す。巨大な蜘蛛の前脚が高く上がり、地面に振り下ろされると同時に蜘蛛の巣上に亀裂が入り、砕かれた地面が空へ打ち上げられた。全員が咄嗟に躱そうと動いたが、斧を高く掲げた瞬間に例外なく何かに引っ張られるように元の行動を辿って最初の位置に戻され、跳ねあがった瓦礫が降り注ぐ。危うく直撃だったところを機転を利かせたリリオラが細かく切り裂いた。


「助かったぜ、リリオラ!」


「ナイスアシストだった!」


「礼なんか言ってる場合じゃないわよ、馬鹿!」


 リリオラの言った通り、巨大な蜘蛛の体は想像の枠を超えた素早い動きで瞬時にアデルハイトへ接近し、構えた斧を振り下ろす。前に出た阿修羅がマガツノツルギを構えて防いだものの、重すぎて両足が地面にめり込んだ。


「ぬおおぉぉぉっ……!? なんじゃ、この馬鹿力はっ……!」


 背後から隙を突こうとした左舷と右舷が殺気を殺して金棒を手に本体であるヴィンセンティアを狙ったが、蜘蛛の体は素早く、意外にも高い跳躍力で空に逃げ、腹の先から飛び出した粘着質の糸が左舷と右舷を捕えた。


「うぎゃあ、動けない! きもい!」


「くっ……アタシらがこんなので……駄目だ、立てないっす……!」


 駆けつけたミトラが糸に触れると瞬時に燃えて糸が消える。


「大丈夫か!?」


「問題ねっす……。助かったっす」


「うえーん、きもいよ~! 何あの魔族~!」


 アデルハイトが風の魔法で空を駆け抜け、ヴィンセンティアに向かって竜巻を起こす。距離を取ったヴィンセンティアが斧をひと振りするだけで、竜巻が完全に消滅するだけでなく、術者にまで届く衝撃で追い払う。


「くそっ、届かないなんてレベルじゃない!」


 咄嗟に躱して地上に降りたアデルハイトが防護結界を張って態勢を立て直す時間を作り、ゆっくり近づいてくるヴィンセンティアと正面で向かい合う。


「なるほどな。先に弟子たちと戦わせてくれたのは僥倖だった。いや、あえて意図したものか……。とにかく共闘だ。足並みを乱さずに戦うぞ」

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