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第10話「一夜の夢」

 決して恐れてはならない。決して退いてはならない。決して油断をしてはならない。目の前にあるのは、ただの傀儡人形ではない。かつて愛し、かつて育てた愛弟子たち。その強さは八鬼姫の尾に比例しながら、連携はアデルハイトの記憶にある、最強の四人を写す。


 エンリケの放った巨大な幾つもの火球をアデルハイトは魔力の壁で受け止め、爆炎の中を風の魔法と水の魔法で肉体を守りながら接近戦に持ち込もうとする。阻むのはジルベルトとエステファニアだ。咄嗟に躱して接近を諦めて着地すると、今度は影の中からぬっ、とキャンディスが現れる。あらゆるものを切り裂く能力もそのままに、アデルハイトの魔力で防御能力を高めた衣服さえ簡単に刃は貫通する。


「くっ、ふざけてるな……! これを相手にするのは骨が折れる!」


「じゃろうのう。だからそうしておる。てめえが強くなるためにな」


 近づこうとすれば剣と鉄球に阻まれ、離れれば魔法の追撃が来る。かといって地上に降りて戦えば、隙を突いて影の中から刃が飛んできた。挙句、逃げ回ろうともキャンディスの高速移動が、それを許さない。考える時間を与えない。


 長引けば長引くほど不利になっていく。額には汗が滲み、呼吸は浅くなってくる。八鬼姫はじろっと見て、首を横に振った。


「(やはり駄目か。あれは戦い方が悠長じゃ。そのくせ、身体強化を施しても本人はこれまで敵らしい敵に見える事なく生きてきたゆえに体力は乏しい。この程度は倒してもらいたかったが、無理難題じゃったかのう)」


 急ぎすぎたかもしれないと反省する八鬼姫をよそに、歓声があがった。同時に、傀儡のひとつが破壊されて、頭が八鬼姫の傍に飛んで転がった。倒されたのはエンリケの人形。驚いて状況を確認すれば、アデルハイトは既にキャンディスの人形も仕留めた後だった。


「な……なんじゃ、何が起こっておる……!?」


 倒せないと確信した直後、視線を逸らしたとき。アデルハイトはそれまで沈黙していたが、思い描いていたものを仕上げていった。ただ逃げ回って防戦一方に見えたが、アデルハイトはエンリケの弱点が防御であると知っている。聖力による加護を受けての後方支援に最も足りていないのは機動力。動く必要もなく、安全地帯から高位魔法を無遠慮に撃ち続ければ視界も悪い。


 アデルハイトは、その隙を突いた。最も愛する弟子たちの培った能力を使ってエンリケの人形を背後から素早く奇襲して炎の魔法で爆発を起こして破壊した後、わざとキャンディスの人形を誘い出して電撃の魔法を自分ごと炸裂させて機能停止に追い込んだのだ。そうしてジルベルトとエステファニアの人形だけになった。


「さて、どうしたものか。私も中々に消耗してきたが、ここで立ち止まるわけにはいかないよな。アレを試しに使ってみるとするか」


 翳した手の中に集まった光が弾け、騎槍が現れる。


「聖槍展開。────ラグナ、お前の力を見せてもらうぞ」


 輝ける白き槍。魔力を奪う不殺の槍。しかし、それは言い方を変えれば魔力喰らいの槍である。その放たれた光輝に触れた者の魔力は槍に蓄積され、所有者に与えられた。たとえどれだけの窮地にあっても、可能性を与えてくれる武器だ。


 扶桑へ来る途中、阿修羅から『ディアミドがぬしに託すと決めた。これはぬしが持つべきものじゃ』と受け取った。使い道をどうするかは考えていなかったが、いずれ使うべきときが来るのなら扱いに慣れておくべきだと握りしめた。


「さあ、後は殴り合うだけだな、馬鹿弟子共!」


 キャンディスもエステファニアも。そしてエンリケも、ジルベルトも、そこにいた。ただの人形だと分かっていてもこんなにうれしい事はない。倒すべき敵として立ちはだかり、自らを鍛えてくれる味方として力を貸してくれる事が、心の底から誇りとなった。必ず超えてみせよう、と。


 ふいにジルベルトの人形が、自我を持ったかの如くニヤリと笑う。


「なんじゃ、今……俺様の支配の外にいたのか?」


 思わず目を疑う光景。ジルベルトとエステファニアを相手に打ち合いを激烈な繰り広げ、心の底から楽しそうに微笑む。汗を振り払い、切らした息は整って、魂から叫ぶようにラグナでエステファニアの武器を一突きでバラバラに破壊しながら人形を貫き、機能停止をして姿が戻ると、ジルベルトとの一騎打ちになる。


「(ああ、楽しい。きっと、全員が生きていたら、こんな光景が見られたんだろうな。八鬼姫には感謝しなくちゃならない。たった一夜の夢だとしても)」


 ラグナを空に放り投げ、薙いだ手の中に満ちる炎の中から剣を見つけて握りしめる。魔剣スルト、ジルベルトの形見。アデルハイトの────。


「ありがとう、ジルベルト。また会えて嬉しかった。……私は必ず前に進むよ、何があろうとも!────《太陽よ、友のた(フォス・プ)めに未来を照らせ(ロメテウス)》!」

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