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第8話「夢の象徴」

 素晴らしいのひと言に尽きた。八鬼姫は空を駆け、アデルハイトは滅多と見ない景色の美しさに見惚れる。風の魔法を使えば空を飛ぶのは難しい事ではないが、そんな事をしたら目立つし、騒ぎになって迷惑が掛かる事もあるので都市では禁止されていた。だが、そんな法など扶桑にはなかった。


 しかも小さな家の中は揺れというものを知らない。乱暴に振り回されたとしても、中は異空間となっていて、その衝撃を感じる事はない。窓の外の景色だけが動いて、じっと見ていると慣れていなければ酔ってしまう事は難点だが。


「八鬼姫、これは自分からは出られないのか?」


「無理じゃな。俺様の結界を壊せるなら話は別じゃが、干渉できるのは基本的に外側からのみよ。てめえらの使う領域魔法とはいささか異なるゆえな」


 残念、とアデルハイトが肩を竦めた。壊せるものなら壊してみたかったのだが、八鬼姫の魔力を超えるとなれば無理難題に等しい話だ。


「それよりもう到着じゃ。短い空の旅は如何だったかね」


「いやあ、楽しかった。良い気分だったよ」


 地上に降りると小さな家の窓が開いて、アデルハイトは飛び出た瞬間に解放されると元の大きさに戻った。もう少し楽しんでいたい名残惜しさも感じつつ、八鬼姫が首から紐で提げている家の模型が気になってジッと見た。


「こんなものが結界になってるのか……。これは分からないな。中に放り込まれるときもノーモーションで理解が追い付かない。実に優れたものだな」


「これ、覗き込むでないわいのう。てめえのダチが見とるぞ」


 一見すれば、八鬼姫のはだけた胸元を至近距離でじっくり覗き込むアデルハイトという図式が出来上がっている。忠告されて振り返ってみると、手遅れ感の否めない白けた空気と蔑んだ視線に晒されていた。


「……えっ、と、これはですね……」


 そうではないと叫びたかったが、思いのほか臆病な言葉が出ていった。


「なんじゃあ、わちきはぬしが落ち込んでいるのであろうと思うて着物を届けるべきかで悩んでおったというのに……他人様の師匠に何しとるんじゃ」


「流石にボクも擁護できないよ、アデルハイト」


 一番仲の良いはずの二人にさえ距離を取られてほろり涙が落ちそうになる。後ろでは左舷と右舷が腹を抱えて大爆笑し、ルシルは呆れて顔に手を当てた。リリオラはミトラは、愉悦とばかりにニヤニヤ眺めるだけで助け舟を出さない。


 こいつら本当に仲間か? と疑いたくなった。


「かっかっか! 冗談はそこまでにしておけ、てめえら。あまりアデルハイトを虐めてやるなよ、また拗ねるぞ」


「ばっ、誰が拗ねてたと言うんだ! 私はだなぁ……!」


 煙管が額をこつんと叩く。


「わかっとるわい。ほれ、着替えに行こう。阿修羅、勇蔵は?」


「アデル以外は皆が着物を選び終わっとるぞ。勇蔵が今、せっせと箱に詰めてくれておる。ここで着替えさせても良いが、どうせこれから稽古じゃろ」


「は、ようわかってんじゃねえの」


 呉服屋の暖簾がひらりと揺れて、中から男の鬼人が出てくる。肌は青く、右舷と同じ部族だと分かる。にこやかで鬼人にしては少し小さな体格だ。


「どーもどーも。九尾様、おかえんなさい。こちらの方の着物もいくつか用意しておきました」


「おう。ラフで派手な柄がいいな。アデルハイトはちっと地味がすぎるからよ」


 勇蔵と呼ばれた男が、アデルハイトをじっくり見る。


「こりゃまたべっぴんな子だねぇ。大陸の人ってなぁ、こんなにも顔が整ってる子ばっかりなのか、驚いちまうよ。中においで、色々あるからさ」


「ああ、ありがとう。では少し選ばせてもらおうかな」


 外で待っているという八鬼姫たちに軽く目配せして、勇蔵の案内で店の中に入る。どれもこれも美しく作られたものばかりで目を惹いた。


「そのへんのは売り物じゃないんだ。こっちへおいで、君の体に合うものを幾つか置いてある。扶桑じゃ子供から大人まで色んな子が着るからね。みんな全然大切に扱わずに楽に着てる子たちが多いが」


「阿修羅とか八鬼姫を見てたら分かるよ。大変なんだな」


 勇蔵はからから笑って手をひらっと振った。


「格式ばった着物なんざ今時流行んないからさ。俺たちゃ、いわゆる『いまどき』って奴を追いかけてる。気軽にパッと着ていいし、崩して着てもいい。ただ羽織るだけでも構いやしないんだ。もちろん、時、場所、場合は大事だけども」


 棚から取り出した幾つかの箱には色とりどりの着物が納められている。ひとつずつが大切に扱われていて、鮮やかな見た目はアデルハイトも見惚れた。


「綺麗だな……。こんな立派なものを私なんかが貰ってもいいのか?」


「お代はもらってるからね。それに君ら大陸の人たちに着物の良さも広まるし、俺には良い事ばっかりさ。気に入った色があればそれにしよう」


 少し悩んでから、アデルハイトはひとつを指差す。


「この鮮やかな赤い着物が良い。この描かれてる鳥が気に入った」


「鳳凰柄かい? よし、じゃあこれをもっと綺麗な箱に包もう」


「鳳凰……この鳥は鳳凰というんだな。どんな鳥なんだ?」


 気になって尋ねてみると勇蔵が喜々として語った。


「そりゃあもう、とても縁起のいい奴さね。平和とか幸福だったり、あるいは高貴さ。不老長寿の象徴にもなったりすんだよ」


「はは、そうか。平和と幸福……。うん、気に入った」


 鳳凰に自分の夢を重ねて、その偶然に感謝と期待を抱く。必ずや実現してみせる。どんな窮地に陥ろうとも。再び、強く決意して。

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