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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第四章

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第7話「自分で選んだ道」

 ぎゅっと握られた手が温かい。優しい言葉の真意にアデルハイトは申し訳なく微笑みながら、その気遣いを退けた。


「……そうか。勝てないんだな、私は」


「なぜそう思う。俺様が保証しても安心できねえか」


「いや。ただこの手から伝わってくるんだ」


 感情が流れ込んでくるようだった。そこには怒りはなく喜びもなく、ただ哀しさだけが満ちていた。


「お前ほどの人間に鍛えられても私では届かないとは」


「……違う。届かないんじゃねえよ」


 どかっ、と座り直して胡坐をかき、煙管を咥えて空をみあげた。


「御前様はメルカルトに殺されるんじゃない。メルカルトが殺した人々のために死ぬんじゃ。身に宿した賢者の石を使って、命を捨ててまでも」


 八鬼姫はあまり、自分が見た未来を話さない。だがアデルハイトに課せられた宿命とも呼ぶべき未来は残酷が過ぎた。それを、ぽつりと。


「俺様の見た未来ではメルカルトとエースバルトの手で、王都は跡形もなく消し飛んだ。お前はただそこに生き残って勝利し、失った人間共を救うために自らの命を犠牲にして大魔法を使って死んだ。ただ死んだのではない。わかるじゃろ?」


 心当たりがある。アデルハイトが過去に研究した大魔法。賢者の石の出力があれば、どれほどの魔法を行使できるのかという研究。実際に資料は破棄されたが、アデルハイトの頭の中にはいまだに消えず残っている。


「……再生魔法。治癒魔法の究極系のあれだな。賢者の石を使えば広範囲に使えるが……あれは賢者の石を使っても自分の命を犠牲にするから、結局中断せざるを得なくて後回しにした覚えがあるよ。リスクも大きかったし」


「そうじゃな。てめえ自身の命を使うというのは、何も肉体だけの話じゃない。てめえのそれは俺様でも無理だと断言する。────自分の魂をばらばらに砕き、再生した人々の記憶からも消えるでは、あまりに……」


 命懸けで戦うのには、あまりに惨すぎる結末。勝者が得るものなく全てを失うなどあっていいはずがない。八鬼姫はふと提案をしてみせた。


「なあ。てめえは今、未来を知った。このままいけば間違いなく同じ事が起こるじゃろう。大勢の人間が死んだとしても、てめえは生き残れる。なのにわざわざ再生魔法なんぞ使って自分を犠牲にするのか」


 消えてまで願う事なのかという問いに、アデルハイトは小さく頷く。


「たとえ運命が見えたとしても、私の選択は変わらないよ」


「そのままの運命を辿ると? それが正しいとでも言うのか?」


「違う。私は敷かれた道を歩くんじゃない。私自身で道を選んだんだ」


 たちあがって、ぐぐっと背を伸ばす。さっきよりはマシな気分だった。


「八鬼姫。誰かの言葉に従って運命を決定付けるのであれば、そんなものはクソくらえだ。やりたいようにやる。それが私らしいってものだろう」


「……たとえそれを、他の誰かが嫌だと言っても?」


 自分に重ねたような質問に、アデルハイトも少し考える。簡単に答えていい問題ではない。かといって適当に美しい言葉を並べたくもない。だから自分に正直に答えてみる事にした。それが反感を買うとしても。


「お前の生きる道だ。そのせいで嫌われたって、それで大切なものが守れたのだとしたら後悔するよりずっといいんじゃないかな」


 八鬼姫はフーッと煙を吐き出すと、小さな笑みを浮かべた。


「そういうものかよ。十分じゃ、てめえの覚悟はしかと聞いた」


 煙管を宙にぽいっと投げると煙になってふわっと消える。


「では行くぞ。本当は迎えに来たんじゃ」


「え? 迎えにって?」


「着物じゃ。着物。呉服屋に行くと言うたはずじゃが」


「……ああ、そういえば」


 思い出してぽんと手を叩く。城に入る前に話していたのだが、後の事ですっかり頭の中から飛んでしまっていた。


「阿修羅たちはもう先に着いておる。てめえの服は俺様が見繕っておいたから、後は勇蔵んとこ行って着替えるだけじゃ。罪悪感だのなんだのに駆られる気持ちは俺様がいちばんよう分かる。しかし息抜きも覚えよ。それはてめえの強さに繋がるはずじゃ。そこは俺様が今度こそ断言しておいてやろう」


 伝統的な鬼人の衣装は気になっていた。それを着る機会、今を逃しては他にないぞと八鬼姫に唆されると、さっきまでの鬱屈とした気分はもうなかった。


「ははっ、わかった。行くよ」


 壁は高い。だが俯いていては壁の高さなど分からない。見上げこそすれ、下を向いている暇などアデルハイトにはない。だったら、どんなときでも堂々としていようと思った。他の誰にも負けないくらいに。


「うむ、良かろう。では行こう。てめえにだけちょっといい体験をさせてやろう」


 手の中に小さな家がある。精巧な模型だと思ってアデルハイトが覗くと、いつの間にか見知らぬ家の中にいた。窓の外には先ほどまで見た扶桑の景色が広がっていて、驚きながら窓に近付くと大きな顔が覗いた。


「うわっ、八鬼姫……!? これはまさか結界魔法か!」


「かっかっか! 似とるがちょっと違うのう。また今度教えてやる。今は最高の眺めをくれてやろうぞ。────では出発じゃ、アデルハイトよ!」

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