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第6話「俺様が占ってやろう」



 夜がやってきた。異国の地で過ごす初めての夜だ。


「この時間からが一番楽しい時間じゃと、ぬしらに教えたいんじゃ」


 そういって阿修羅は皆を城下町に連れ出した。しかし、アデルハイトだけは外に出なかった。ひと晩くらいは遊んでもいい、と八鬼姫にも背中を押されたが、既に自分のせいで何度も仲間が死の淵に立たされた事が足踏みさせた。


 帝国との戦いで晴々しく勝利したのも束の間、リリオラやローマンに勝てる気がしなかった。魔力の器を取り戻したときもそうだ。これなら万全で戦えると信じてディアミドとアンニッキを救いに向かったときに分かった。


 メルカルトには勝てない。はっきりと感じていた。そのせいか、遊ぶ気になれなかった。きっと楽しいんだろうとは分かっていても、純粋に楽しめる気がしなくて、部屋から出ないまま、ぼんやりと外を眺めた。


「おうおう、ガキがひとりで物思いに耽ってやがんのか?」


「八鬼姫。あなたも皆と町へ出たのかと」


「ハハハ! あんなもんはとうに飽きちまった。今はてめえの方が気になる」


「……気に掛けてもらってありがたいよ」


 どっかりと隣に座って、八鬼姫は遠慮なく煙管を咥えて火を灯す。


「不安かね。俺様もその気持ちはわからんでもねえ」


「ふふ、そうか。あなたほどの強い魔族が、不安になる事があるんだな」


「こっちはどいつもこいつも軟弱じゃ。俺様の世界はもっとバケモノ揃いよ」


 煙をふーっと吐き出して、自慢そうに鼻を高くする。


「俺様でも手こずった。いや、死に掛けた事もあらぁ」


「それでも生きてるという事は勝ったんだな」


「他にも仲間がいたゆえ。今はこうして長く旅行中じゃがのう」


 煙が揺蕩って消えていく。アデルハイトは妙にしんみりした気分になり、ふと尋ねてみた。どんな世界で、どんな戦いがあったのか。それを八鬼姫は喜々として語った。自分よりも強い魔法使いに挑んで破れ、千年も封印された事。自分の運命を変えるほどの出会いがあった事。そして、全ての戦いに勝利した今、穏やかな時間の中で旅行がてらに他の世界へやってきた事まで。


「この扶桑では何を? 阿修羅の師匠だと聞いたが……」


「うむ……。あれは可哀そうな子よ。下らぬ部族の迷信なんぞに振り回され、自らの手で親を殺し、その亡骸を抱きしめて泣きながら笑っておった」


 白い肌は災厄を呼ぶ。赤と青の部族が交わったとき、極めて稀に生まれる白い肌の鬼人。それは決して良いものではなく、むしろ疎まれる存在だった。だから親は殺そうとした。最初こそ見守っていたが、年々と普通よりも大きく育つ阿修羅を恐れて、このままでは本当に災いが降りかかってくるに違いない、と。


 実際、災いだったと言えばそうなのかもしれない。結局は逆襲にあって殺されてしまったのだから。だが、それは阿修羅にとっても違わない。残酷な運命を押し付けられ、愛した両親までもが自分を殺そうとしたのだ。


「こんな事なら生まれなければ良かったとさえ言いおったからのう。どうにも、俺様はあいつを放っておけなんだ。そうしてはならん気がして、しばらくしたら帰るつもりじゃったのに、随分と長居してしもうたもんじゃわいのう」


 そう言った八鬼姫の横顔は、嬉しくもあり悲しくもありといったふうで、阿修羅の不幸を喜んではいけないが一緒にいられるのは嬉しかったのだと分かった。


「じゃが、あやつ、負けたそうじゃな。さっきの鎌の小娘に」


「リリオラの戦い方まで知ってるのか?」


 こくりと頷いて、ふーっと煙を吐き出す。紫煙が輝き、渦を作ると帝都でリリオラが現れたときの過去の様子を遠巻きに映した。


「これは……」


「俺様の記憶じゃ。阿修羅が夜逃げするみたいに城を出ていってから、ずっと様子を見ておった。ロクでもない連中に手を貸していたのも知っとる」


 若気の至りじゃろう、と八鬼姫は痛快そうにして、それからリリオラに腕を切り落とされて倒れ伏す瞬間までを見てから煙がふわっと散った。


「リリオラはおそらく、今でも阿修羅が本気になったところで敵わん。あれはまだ真の強さを隠しとる。じゃからやはり鍛えてやらねばなるまいよ」


「ふふ、そうか。きっと熱が入る。負けたの、悔しそうだったから」


 拮抗しているならば善し。だが圧倒的な力量さに敗北したのなら、自信を喪失しておかしくない。とはいえ阿修羅がしばらく戦いから離れて学園生活を楽しんでいた事に八鬼姫は否定はしなかった。それも大事だ、と。


「あれはまだ強くなれる。本人もようわかっとる。じゃから俺様は気にしてねえ。これから強くなりゃあ勝てるんだからよ。……だが、てめえはどうかね」


「私か? もちろん、私だってまだ強くなれると思ってるよ?」


 何を当然な事をとあっさり返したアデルハイトに、溜息が届く。


「あのな、そう簡単な事じゃあるまいよ。どれ、ちょっと手を貸してみろ」


「ああ、構わないけど……。それで何か分かるのか」


「言わんかったかのう。俺様は波長さえ合えば触れたときに未来が見える」


「そういえば……。あれは本当だったのか」


「嘘など吐くかい、馬鹿者め。どれどれ、俺様が占ってやろう」


 触れてから、数秒が経った。目を瞑ったまま動かない八鬼姫に、アデルハイトは段々と気になってきて「どうだった、何か分かったのか」と尋ねた。すると八鬼姫はゆっくりと目を開いて、悲しそうに見つめて────。


「……ああ、大丈夫。勝てるよ、てめえは必ず。俺様が保証する」

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