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第5話「遠き未来の理想のために」

 今の状況で、メルカルトを超える戦力としてはミトラしかいない。それは大きな安心感を与えてくれもしたが、同時に『敵が何も対策を考えていないはずがない』という事実を示しているも同然だった。


 であれば八鬼姫の提案を受けないのは、自ら勝利の綱を手放すようなもの。たった一体の強い魔族であれば、たとえミトラへの対策を講じていようが倒せる可能性はある。しかし、実際は大勢の魔族を引き連れての戦争が起きるのは明白だ。そこにはアンニッキとディアミド、エステファニアの三人を相手にして討ちきる事のできなかったエースバルトの存在も忘れてはならない。


 一人でも多くの者が実力をつけ、戦いに臨むのが好ましかった。


「あの、ボクも質問があるんですけど」


「おうおう、なんじゃ。答えてやっても構わんぞ」


「それって全員同じ稽古を受けるんですか?」


「……おお、それは、うむ……考えた方がいいかもしれんな」


 実力は全員がバラバラだ。顔ぶれとしてトップを争うのがアデルハイトとミトラ、その下には阿修羅やリリオラ、左舷に右舷がいる。そこまではいい。同じ稽古をしたところでさして問題はない。だがルシルやシェリアは話が違った。


「てめえらはそうさな。俺様が直々に相手をしてやった方が良いやもしれん。魔力の扱いに関しちゃあ教える事はねえが、魔力が少なすぎる。まずは実戦訓練よりも、器の容量を増やしてやんねえとな」


「器の容量……えっ、それって可能なんですか?」


 魔法使いの間では魔力の器は個々によって大きさが違い、ある程度まで成長をするとそれ以上にはならないのが常識だ。アデルハイトのように生まれる前から賢者の石の影響を受けている特例であれば変わるが、基本的にはどうあっても変えられない。────というのが、今の魔法使いたちの研究で分かっている事。


 実際の所、研究はほとんど進んでいない。最低限の事が分かっているだけで、それ以外に作用を起こす手段などについては研究している真っ最中なのだ。


「俺様に出来ねえ事なんか殆どねえよ。そもそもてめえらが魔力の器がどこにあるかっつうと、ようはココ────心臓だ。普段は魔力の器は心臓の形に添った容器として形成されていて、見目には分からねえ。だが触れると自己防衛機能として、とてつもない激痛を発する。……覚えのある奴はいそうだが」


 ちらっと視線がアデルハイトを捉える。その心臓に纏わりつく、未だ消えないヴィンセンティアの残滓を八鬼姫は視覚で感じた。


「ああ、確かに……お前の予想通りだ。私の魔力の器は破損していた。無理をすれば、この体がいつ消滅してもおかしくないほどに追い込まれていたんだ」


「大体は知っとる。計画自体はあやつから聞いておったからのう」


 ある日、再び八鬼姫の前に現れたヴィンセンティアは、自身の魔界で何が起こっているかを八鬼姫に話した。そして協力を仰いだ。育ててやってほしい人たちがいる、と。二度目の友人の窮地に、手を出すべきかと葛藤があった。


 けれどもそうしなかった。大きな理由があっての事だ。


『いい、八鬼姫。あ、あなたに協力を頼めば、そ、それはきっと楽に行くと思う。でも、でもいつか、あなたが自分の魔界に帰ってから、もっと大きな脅威が現れたら、多分メルカルトや、エースバルトなんかとは比べ物にならないはず。そのためには、み、皆が自分たちで解決できるだけの強さを持たなくてはいけないでしょう。あ、あなたはそのために、皆を鍛えてあげて欲しいの』


 わかっている。わかっている。いつかは帰る。長居はできない。自分にも待っている者たちがいるから。だから鍛える。その方が良いのは間違いない。手を貸す事は安易であるが、その後までの面倒も見切れないのであれば、それは破滅への一歩。可能性ある未来をいくつも刈り取る行為に他ならない。


「なんにせよ、俺様には魔力の器に触れて、大きな力を得られるようにも出来る。しかし、それは並大抵の努力では無理じゃ。さっきも言ったように、尋常じゃない激痛が走る。ショックで死ぬやもしれん」


 ルシルとシェリアには引き返す道を与える。彼女たちは決してアデルハイトたちのように特別な人間ではない。極めて平凡に生まれ、ありふれた才能の中で僅かに秀でていただけの事。探せばいくらでも得られる人材だ。ともすれば、八鬼姫がやろうとしているのは実際に命を懸けるのに等しい行いになるのだから。


「私は……」


「夫と子供がおる。そうじゃな?」


「……はい。大切な人たちがいます」


「であれば、やはりやめておくが良い。無理はいかぬ」


「いいえ。大切な人たちがいるからこそ、やります」


 覚悟の決まった目を見て、八鬼姫は『あぁ、この目を何度見た事か』と、期待と残念の入り混じった気持ちが湧く。楽な道ではないのに、なぜ目指すのか。大切なものを守るよりも先に命を落とすかもしれないと知っていながら。


「私は夫を失いかけました。ですが、それを助けてくれたのは紛れもなくヴィンセンティア様です。ならば私は、その想いを無駄にせず報いたい。そして何より────ここで逃げれば、私は私自身を永遠に恥じるでしょうから」


 どう言ったところで崩れそうにない決意を見て、仕方ないと溜息を吐く。それからシェリアにも尋ねようとして、僅かばかりの沈黙の後────。


「……まあ、そっちのガキはええか。言うても聞かなそうな奴じゃし」


「そこは聞いてよ!」

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