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第4話「昔々の」

 空気が変わる。予想だにしない名前が飛び出してきて、アデルハイトたちは思わず食事の手が止まってしまった。


「ラハヤ……!? お前がなぜその名を……」


「ヴィンセンティアの事まで知ってるなんて、あんた何者だ?」


 驚いて思わずアデルハイトとミトラが同時に尋ね、ざわつく場を鎮めるように小さく手を挙げて八鬼姫は続きを話す。


「俺様が知らねえ事は殆どない。そうさのう、まずはどこから話してやろう。おお、そうだ。では千年前、ラハヤに手を貸して造らせた武具の話からしようか」


 ラハヤ・エテラヴオリは千年前に殺された。それは八鬼姫も知っている。最後を見届けるために、ずっと傍にいたのだから。


「俺様は奴の死を見た。実の姉に殺されながらも幸福に幕を閉じた人生じゃった。誰かを憎む事はなく、ただ武具を後世に残す事を喜んだ」


 覇者の武具。存在が確認されたと記録にあるものは少なく、その実態は不明に近い。それらの武具の全ては膨大な魔力によって造られ、意思を持った。邪悪な心に満ちた主人を選ばぬように。


 聖槍ラグナは人の命を奪う事に罪を背負える強い精神の持ち主を見た。夢幻時計クロノスは時を忘れるほど静かな精神の持ち主を見た。偽光の硬貨アルコーンは重責にも耐え得る強い精神の持ち主を見た。雷霆剣ゼウスは鋭い決断力を抱く精神の持ち主を見た。そして、邪龍刀マガツノツルギは力で捻じ伏せんとする戦士の精神の持ち主を見た。どれも生半可な基準ではなく、持ち主に選ばれなければ握ったとして、その真価を発揮する事は出来ない神秘性を持った武具たちだった。


「俺様とヴィンセンティア、そしてラハヤは仲が良かった。じゃがのう。ラハヤはその力を危ぶまれて殺されてしもうた。俺様は救おうとしたが、拒まれてしまっては手の出しようもない。仕方なく見届けるしかなかった」


 まだ魔界が人の世界と繋がっていた頃。ヴィンセンティアは魔将の星として魔族や魔物が湧き出るのを止めて人々を守り、八鬼姫はただ気まぐれに自らが住まう魔界の地より現れて気まぐれにラハヤと友人になっただけ。


 大陸で偶然に知り合った三人は意気投合して、武具職人になりたいというラハヤの夢のために力を貸した。結果的にそれが悲劇を招いてしまった。あまりにも強力な武具を製造すると国は居場所を奪った。工房を破壊し、その行く末を、未来を奪った。敵に武器が渡れば自分たちが危険に晒される。悪用する者が現れる。恐れは殺意に変わり、ラハヤ・エテラヴオリの人生は幕を閉じる事になる。


「いつか死ぬとはいえ、殺されるなんて形で他人の死を見届けるのは胸が苦しくなる。じゃが、その意志はまだ生きておる。武具という形でのう」


 大広間のふすまが勢いよく開かれて、話は中断される。用を終えて、阿修羅たちが戻ってきた。とても疲れた顔をして。


「わちきのメシ~~~……。お、まだ出来立てみてえに熱いのう」


「そりゃそうじゃ。俺様がそういう術をかけておいた」


 やっと食事にありつけた、と阿修羅たちが食べ始める。しんみりした空気も消え、八鬼姫はまた酒をちびちびと飲み始めて話を再開した。


「ともかく……。俺様は触れた相手の未来が見える事がある。波長が合えばそうなるんじゃろう。ラハヤもそのひとりだ。そして奴は自らの死の運命を受け入れた。俺様が助けてやると言っても、あれは拒んでしもうた」


 思い出しても腹が立つ。悲しくなる。枯れると分かっている花に何も出来ないでいる無力な感覚。ラハヤを助けたくとも本人が嫌がればどうしようもない。


『気軽に助けるなんて言っちゃダメだよ、ヤオ。私たちの世界は私たちが自分たちで守るべきもの。未来を簡単に変えてはいけないんだ』


 そこにどんな想いが秘められていたかは分からない。どんな心も聞こえる八鬼姫でも、極めて少数の例外というものがいる。ラハヤは数少ないひとりだった。


「結局、ラハヤを死なせてしまった。それから俺様は世界を救うなんて大それた話に首を突っ込むのはやめた。じゃがよう、てめえら。それでは俺様は胸が苦しくなる一方ゆえ、手を貸すくらいはラハヤも許すはず。じゃから、このメシを食うてから滞在する数日間、てめえらが嫌だと言うても鍛えてやる。良いな?」


 魚を頭からばりばり齧っていた阿修羅が、不思議そうに尋ねた。


「なんじゃ、それって例のあれを使うんか」


「おうともさ。てめえも逃げ出す前はよく連れて行ってやったじゃろう」


「……連れて行ったというか連れて行かれたというか」


 阿修羅には嫌な思い出しかない。それこそ八鬼姫の言う通り嫌だと言っても連れて行かれる。三日は筋肉痛でまともに動けない、逃走の許されない命懸けの稽古。《傀儡箱庭(くぐつのはにこわ)絡繰遊郭(からくりゆうかく)》の中で行われる、無数の強力な魔力を帯びた人形相手に立てなくなるまで戦わされる、最低最悪であり最も効率が良い稽古だ。


「なあ、八鬼姫。その稽古とやらはそんなに厳しいのか?」


 アデルハイトが尋ねると、八鬼姫はにこやかに答えた。


「おお、そりゃそうじゃ。でなきゃてめえらは、あの魔族には勝てんだろうよ。────まあ、その前に稽古で死ぬやもしれんがのう」

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