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第1話「信じられない出来事」





「────中々に最悪だな」


 絶望を多分に含んだうんざりな表情が鏡に映った。


「私に何が起きたというんだ?」


 腰まで伸びた美しい金色の髪。凜として整った顔立ち。澄んだ青藍の瞳。ぺたぺたと顔を触って、アデルハイトはそれが自分であると再確認した。しかし、若い。有体に言って幼いのだ。年齢にして十三歳ほどの頃を思い出す。


「……落ち着けアデルハイト。冷静になって考えろ」


 眉間を揉む。窓の外は明るい。天気が良く、散歩にでも出たくなるほど眩しく太陽が照っている。今いるのは小さな木造家屋の二階にあるらしい寝室。ややくたびれたベッドの上で目が覚めた。────アデルハイト・ヴァイセンベルクが軍人となってから暮らすようになった、貧民窟の中でもマシな少し大きい家だ。


「(これはあれだ。夢だ。現実じゃない。うん、多分そうだ。軍に所属すると決まった時に買った家だから、あれは確か十七歳くらいの頃のはず)」


 みすぼらしいボロい布一枚の服。小さい体には、それだけで十分傷だらけの幼い体を包む事ができた。父親の虐待の痕。鮮明に思い出される痛み。貧民窟に買った家はそれらを無縁にしてくれた彼女の最初の城だった。


 森に家を建ててからは魔法の研究資料置き場として使われていた。


「……感覚が生々しすぎる」


 手を握る感触。床の冷たさ。それから空腹感。現実的すぎて、どれもこれも否定できないまま一階へ降りた。キッチンの戸棚にある瓶詰のナッツを貪りながら、自分が今置かれている状況を考える。


「(可能性はいくつか思い浮かぶが……)」


 時間遡行。膨大な魔力を消費するため非現実的だ。仮に何らかの条件が整ってそれが起きたとして、なぜ肉体だけ若返るものなのか。不思議で仕方ない。これもまた非現実的な現象だ。


 では何らかの魔法による転移か。それも考えられない。転移魔法はそう小難しいものではないので失敗する方がおかしい。ましてや肉体の変化など起きるはずもないので、これも違う。ならばいったいなんなのか。


「あーもう、分からない! こんな子供の姿でどうしろと!?」


 机を叩くように瓶を置いて、苛立ちに椅子から立ちあがった。


「……そういえば家は何も荒らされていないのか」


 四人の弟子たちには決して賢者の石の在処を言わなかった。そうなれば彼らの行き先はおのずとアデルハイトの工房になる。何か在処を示す可能性のあるものを探そうとしたはずだが、意外にも家は普段通りといっていい。元々ボロボロでくたびれた廃屋にも似ているのでどこを歩いてもギイギイ鳴いたし、玄関扉から窓、果ては戸棚にいたるまで何もかもがよく引っかかって開けづらい。強引に開けようものなら、どこかしらが派手に壊れていても不思議ではないのに、誰も入っていないかのように全ての物がいつもの場所に正しくあった。


「(変だな……。いや、考えすぎても仕方あるまい。まずは情報収集だ。せっかく陽も昇っているから、外に出てみよう)」


 玄関を開けようとして、先に誰かが外から開けた。立っている男の姿に数歩退いて警戒したが、その不安もすぐに解けていく。


「これは小さいレディ。いったいどこから入り込んだんだ」


「……ユリシスか?」


 思わず普段の呼び方をしてしまって両手で口を塞ぐ。


「ああ、心配しなくていい。俺がそんなに狭量な男に見えるかい」


 王室近衛隊が着る、煌びやかな飾りのある黒い制服。加えて豪華な羽織は隊長の階級である者に贈られるものだ。若きヴィセンテ公爵、齢二十四歳の若さにして近衛隊のトップに抜擢された男で、アデルハイトの友人だった。


「お前がどこから入ったかは問わない。その代わりひとつ聞かせて欲しい。ここの家主はアデルハイト・ヴァイセンベルクという女性だ。俺の友人で、もう五年も見ていない。どうにか会えないかと、ずっと待ってるんだよ」


 微笑んでいるのに、とても悲しそうにする。五年も経っていたのかという驚きと同時に、いくらかの罪悪感が湧きあがった。


「うむ、それなら私が行方を知ってる」


「本当か!? 今すぐ教えてくれ、その女性はどこに────」


 仏頂面のちんちくりんは大きな手に肩を掴まれても微塵の動揺さえもなく、ひたすら冷静に堂々と自分を指さす。


「私がアデルハイトだ」


 しばらくの沈黙。きょとんと間の抜けた顔で見つめた色男は、がっくり残念がるように肩を落としてそっと手を放す。


「いや、悪い。子供に期待した俺が馬鹿だった」


「狩猟大会の優勝記念にくれてやった蒼玉(せいぎょく)のブローチはどうした。あまり疑うのなら話がしたい、中に入ってくれないか。寒すぎて死ぬかもしれない」


 ずび、と鼻をすする。布のシャツ一枚では風邪を引きそうだった。


「あっ……ああ、そうだな。悪い、中に入って話そう」


 周囲を確かめながら家の中に入り、扉に鍵を掛けた。


「それで本当にアデルハイトなのか。ちんちくりんのお前が?」


 狩猟大会を優勝したときの贈り物は、アデルハイト以外に知る者はいない。他の誰にも彼女が作ったものだと教えたくなかったからだ。


「他に言いようがない。お前を信じさせたい、話を聞いて欲しい」


 高い椅子にぴょんと跳ねて座る幼い姿。とてもよく知るアデルハイト・ヴァイセンベルクとは程遠い。本来の彼女は物静かだが、魔導師として優れた才能を持ち、風の中に生きるように飄々とした立派なレディという印象だ。


 それが見事なまでのちんちくりん。子供なのだからユリシスも不思議がって、何度も頭の天辺とつま先を視線が行き来した。


「気色悪い視線をやめてくれないか、余計に寒くなる」


「悪い……。それより聞いて欲しい話って?」


「────弟子に殺されたら若返ってた頓珍漢な話だ」

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