第2話「格が違う」
「はん、出来の良いのはひとりだけじゃのう。礼儀ってのを知らねえ。歓迎してもらっておいて、漁村の連中に頭ひとつ下げれねえのか?」
後をついてくるアデルハイトたちに苦言を零すと、阿修羅が慌てて割って入って「わちきも挨拶しなかったのが悪いんじゃ、許してやってくれ」と宥めたが、八鬼姫は手に持っていた煙管でコツンと額を叩く。
「阿呆。一国の主がそうホイホイ挨拶するために頭下げるわけにゃいかねえだろが。てめえが悪いとすりゃあ来る前に他所の礼儀を教えなかった事だがよ。そりゃあ、こいつらも知ろうとしてなかった事に問題があるんじゃあねえのかい」
指摘を受けて、アデルハイトが足を止めた。
「すまなかった。こちらが礼節を欠いていた」
深く頭を下げられて八鬼姫は驚いた顔をする。全員の心の内側が八鬼姫には聞こえている。不満を漏らす者、申し訳ないと思いながらも胸に思うだけの者。そればかりの中でアデルハイトはまっすぐ頭を下げて、本心から後悔していた。
「せっかく迎えてもらったのに、私とした事が意識の欠如があった。すまない。今後は精進したい、もし間違った事があったら言ってくれると嬉しい」
「……は。まっすぐな小娘もいたもんじゃのう」
遠くに見える大きな城を見ながら八鬼姫は満足げに言った。
「良かろう。今後は、この馬鹿弟子に代わって俺様が教えてやる。だから立ち止まらずに歩け。せっかくじゃから町中も見ておきたいかと思うて歩いとるだけじゃ、気が向かぬなら城までの道も開いてやるが」
「いや、歩きたい。あなた方の暮らしを出来るだけ見ておきたい」
うんうん、と八鬼姫はアデルハイトの純粋さを受け止める。
「それなら良い考えがある。なあ、阿修羅。こいつらに着物を用意してえから、呉服屋の勇蔵んとこ行って後で顔出すように伝えてこい」
「ええ!? わちきの分のメシが冷めちまうじゃろ、それは!」
またしても煙管でごんと額を叩かれた。
「んなすぐ冷めちまうような事してねえよ、行ってこい。俺様に恥を掻かせるんじゃあないわいのう。ったく、出来の悪い弟子じゃな」
なんとなく扱いに気に入らないものの、阿修羅はせっかく来てくれたのだからアデルハイトたちをもてなしたいという気持ちに承諾する。
「左舷、右舷。ぬしらも道連れじゃついてこい!」
「ええ~っ!? ウチらも行くの!?」
「アタシ腹減ったっす~……!」
「我が侭言うんじゃないわいのう。ほれほれ、行くぞ」
結局、引き摺られる形で左舷と右舷も連れて行かれた。
「かっかっか! あの三人は変わらんのお。よし、てめえらはこっちじゃ」
賑やかな通りでは、やってきた客人に対する好奇の視線がある。それもすぐに散った。八鬼姫が一瞬だけ放った強い気配ひとつで誰もが顔を背けたり、何も見ていないふりをする。それはアデルハイトたちにも伝わった。
「(……歩きながら殺気を放ったのか?)」
器用なものだとアデルハイトが驚くと、八鬼姫は振り向いてニヤッとする。
「俺様ほどの強さになるとひと睨みする必要もありゃしねえのさ」
「……! まさか今、私の心を読んだのか?」
「おう。俺様にゃあそういう能力がある。あまり滅多な事は考えるなよ」
「ははは、滅多な事か。そんな度胸はないよ」
「おやおや、そうかね。そいつは良かった」
八鬼姫は言ってから、目を細めてミトラとリリオラを見た。
「そうでねえ輩が混じってるみてえじゃが、まあ構わん。そこなカスみたいな魔力をした二匹の獣なぞ、相手にもならねえからのう」
あからさまな挑発だった。そんなものに乗らないと思っていたアデルハイトは、魔族がそうではない事を理解させられる。リリオラはともかくとして、ミトラの方は強い敵意を以て反応したからだ。
「オレが相手にもならねえって今本気で言ったのか?」
「けっ、血の気の早いガキじゃの。後で遊んでやるゆえ、今はメシが先じゃ。せっかく作ったのに喰わぬとは言わんじゃろ」
城を前にして、ミトラは指の関節をバキッと鳴らす。
「秒で格の違いを見せりゃ済む」
「おい、ミトラ。ここまで来て揉め事を起こすな」
「あっちが先に喧嘩売ったんじゃねえか、アデル!」
「それはそうだが……なあ、八鬼姫。あなたも少しは控えてくれないか」
喧嘩をしに来たわけではない。アデルハイトがそう伝えても八鬼姫はまともに取り合おうとせず、押し退けてミトラの前に立って見下ろす。
「フム、気迫は十分。てめえの殺気ひとつで屈強な鬼人族も気絶するじゃろう。しかし、であればよ。────ナメるな、新参の魔族風情が」
細めた視線。真正面から本気で殺すぞと言わんばかりの圧に、ミトラの足が震えた。本能的に勝てないと思い知らせるのは八鬼姫にとってそれだけで十分。魔界で最強を誇ったミトラが、生まれて初めて恐怖を感じさせられた。
格付けは済み、くるりと背を向けて下駄をからんころん鳴らす。
「では行こう。遊び相手になってやるのは俺様の作ったメシを食ってからじゃ。でなきゃあ、せっかく用意した甲斐がないってもんでな」




