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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第54話「二か月後を見据えて」

 あわあわする阿修羅を見ながら、アデルハイトはぷっ、と笑いが零れた。冗談だよと言って、もうそろそろ夕方だからとゆっくり帰る事になった。


 相変わらずノルン通りは人で混雑している。王国内のあらゆる場所から旅行者がやってくるのはいつもの事だが、同盟締結の後から帝国領内の各地からも大勢がやってくるようになったのがひとつの要因だ。


「帰り道はどっちに進めばいいんだったか。なあ、ルシル?」


 振り返ってようやく気付く。人の多さのせいでアデルハイトは二人とはぐれてしまった。一人取り残された気がして急に不安になり、困った事になったと溜息を吐く。さぞや心配を掛けているだろうと思い、できるだけ目立つ場所を探す。


「……あっちの屋台の方なら少しは見つけてくれるかもな」


 道を尋ねて先に帰る事も出来るが、探しているであろうルシルたちに迷惑が掛かるかもしれない。屋台の近くに行けば目立つと思って歩き出した。────だが、突然路地裏から伸びてきた黒い無数の腕が触手のようにアデルハイトを捕える。気付いたときには遅く、驚いて抵抗も間に合わない。勢いのままあっという間に引きずり込まれて、途中で解放されたせいで思い切り地面に転んだ。


「いっ……痛……! 誰だ、いったい……!?」


「お、悪いな。もちっと優しく引っ張るつもりだったんだけど、あのまま声掛けにいったら見失いそうな気がしちまってさ。此処で何やってんだ?」


 顔をあげるとミトラが申し訳なさそうに手を合わせていた。


「お前……。顔見知りに会えたのはいいが、手荒すぎるだろ」


 立ちあがって服の砂を払い、不貞腐れた態度で睨んだ。


「いやあ、ごめん。道に迷っちまったんだけど、ほら。空を飛んで学園を探すなんて目立つ事出来ねえだろ? オレなりに考えての事なんだよ」


「それは分かった。だが、なんで学園の外にいるんだ」


 許可証がなければ生徒は自由に出入りできないし、してはならないのが基本的な規則だ。ミトラがひとりでウロウロしているのには理由がありそうな気がして尋ねてみると、とてもめんどくさそうな顔をしてリリオラが現れた。


「ね~、ちょっと。だからローマンに道案内頼もうって言ったのに」


「悪い悪い。でもほら、ちょうどアデルハイトを見つけたんだ」


「えっ? あら、ホント! ハ~イ、アデルちゃん! 会えて嬉しい!」


 なるほど、とアデルハイトが手を叩く。


「ローマンと会ってたのか。保護者なら連れ出しても問題なかったな」


「おう。オレたちでも他の戦力を確保できないかって話し合ってたんだ。メルカルトがゲートを開くってなったら、多分主力以外の連中を使って抉じ開けるはずだけど、それでも千体ほどは雪崩れ込んでくる。そりゃちょっとマズいからな」


 魔族の強さは最低でも大魔導師クラスに匹敵する。そのうえ、魔将候補と呼べるような力を持った魔族たちも五十から百は揃う。今の人間側のまともな戦力はアデルハイトを筆頭に両手の指で事足りる。戦力を集めるのに頼ってばかりもいられないだろうというのがローマンの判断だった。


 せっかくの休日も一転、アデルハイトも腕を組んで真剣に考える。


「私たちは二か月後にフソウへ行く。夏の島の賢人とやらは情報がそれ以上ないから後回しだ。そっちを調べてくれても構わないが……」


「いや、オレたちは他の魔界のゲートを探そうかと思っててさ」


 複数の魔界が存在する可能性。であればメルカルトを倒す手段にもなるかもしれない。人間の世界に侵攻していないのなら話し合いもできる。そう信じて、ミトラとリリオラは各地へ調査に飛び回るつもりでいた。


「ふむ……。いや、待て。それなら私たちがフソウから戻って来てからでどうだ? 阿修羅の師という九尾なら他の魔界の事で何か知ってる可能性も高い。そう急ぐほど時間がないわけでもないんだろう」


「まあ、そりゃそうだ。オレは構わないけど、リリオラは?」


 特に異論はないらしく、ニコニコで親指を立てた。


「ン、意見はまとまったようだな。しかしせっかく時間があるのなら、やはり夏の島を特定してくれないか? このあたりでそういった環境の島は聞いた事がない。お前たちほどの魔族なら、もしかしたら見つけられるかも」


「そういう事なら任せてくれよ。オレは微妙だけどリリオラは得意だぜ」


 魔族の体力は無尽蔵とも言える。身に秘めた魔力が少なくなればなるほど肉体的な負担を強いられ、もし尽きれば消滅は必至だが、そもそもからして魔族と呼ばれる存在がまともな戦闘行為を行わない限り、自然に回復する方が勝るので減る事はない。空を自由に飛べるリリオラなら場所も問わないうえに雲の上からでも地上の蟻を見つけられるほどの視力に切り替えられた。


「────とまあ、アタシはとっても有能なわけなの」


「ああ、すまない。一瞬すごく解剖してみたくなった事を謝罪するよ」


「怖い事言うのやめてくれない!?」


「とにかく、その件に関してはお前なら頼れるわけだ。流石はアイドルだな」


 アイドルが何かは知らないが、とりあえず喜びそうな言葉で褒めてみるとリリオラもまんざらでもない様子だったので、正解だったらしいとホッとする。


 ちょうど通りからルシルと阿修羅の探す声が聞こえたので、アデルハイトは「話はここまでにしよう。ありがとう、また話そう」と手を軽くあげて路地裏を出ていき、ルシルたちに合流した。


「どこ行ってたの、アデルちゃん」


「わちきは心配したぞ。迷子になるでない、馬鹿者」


 心配しながらも怒る二人にアデルハイトは愛想を振りまいて誤魔化す。


「悪い悪い。帰ろうか、三人で手でも繋いでさ」

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