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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第50話「背負った未来」

 荷物は大量にある。よくよく考えると台車のようなものも使わず、背中に背負うためらしきベルトを着用していただけで、まさか全部抱えて門も開けずに飛び越えてきたのか? と不思議に感じて箱に触れたり周囲の環境を確かめる。


「……身体強化を使ってるだけなのか?」


 魔力の残滓はあるが、荷物には一切感じない。身体強化にせよ大量の荷物を軽々と運んでくるだけの強化となると、学園に通う優秀な生徒たちにだって無理だ。もっといえば、今やベテランの大魔導師並みの腕を持つシェリアでも不可能。やれるとしたら、元々怪力な阿修羅や魔族を除けばディアミドやアンニッキくらいなものだ。世の中にはまだまだ知らない才能が眠っているものだな、と感心した。


「おや、アデルちゃん。どうなさったのですか」


「おかえり、ルシル。アデリアは?」


「ワイアットが自宅で。それより荷物が届いたんですね」


「ああ。よく見かける配達員だったけど……」


 興味に満ちた目に、ルシルが首を傾げた。


「ヴェロニカさんの事ですね。彼女と何かあったとか」


「いやあ、別に何もなかったよ。ただ、この荷物の山を一人で運べるなんて、もしかしたら魔法にも才能があるんじゃないかなって」


 身体強化の魔法は魔力制御だけ出来れば誰でも行えるが、流れる魔力の凝縮率を高めてより強い肉体を得るためには高い集中力と緻密な技術が必要となる。並大抵の訓練でそうはならないので、アデルハイトは興味津々だった。


「どうなんでしょう。ヴェロニカさん、こちらの大陸出身ではないそうなので、分からない事も多いんですよね。王都中に荷物を届け回ってるので、多分お世話になった人が殆どじゃないかと。片目に大きな眼帯をされていたでしょう? 昔に魔物と戦って失ったとか、気さくに話してはおられましたけど」


「この大陸の出身じゃないのか。……いや、確かにあのアイスグリーンの瞳はこっちでは見掛けないな。だから魔法を珍しいと言ったのか」


 海の向こうにもまだ大陸があるのは知っていたし、六年前の魔物の大規模な人間界への流入は他国にも強い影響があったのは聞いたが、実際に目にすると、かなり酷かったのだろうと同情的になった。


「どんな場所でも頭の痛い話だな。魔物の被害というのは」


「私も海の向こうで文通をしてるお嬢様がいらっしゃるんですけど、まあ被害はかなりだったそうですよ。四人の英雄がいなければ今はなかったとか」


 アデルハイトが意外に思って尋ねた。


「四人って、こっちのとは違う四人?」


「ええ。あちらの大陸の出身者のようですよ」


「へえ……。会ってみたいものだ」


 もしかすると、一年後に控えた大きな戦いで力を貸してくれるかもしれない。住む大陸が違えば断られる可能性もあるが、アデルハイトは希望に頼りたかった。どんな些細な可能性でも、確実な未来に近付けるのなら。


「ん~。ワイアットと私は同行できないかもしれませんから……二ヶ月先の修学旅行も、実はさきほど学園長と話してきたんですけど、私は子育てもあるから代理でアンニッキ先生に頼めないかと伝えたところなんです」


 同行しても力になれないどころか迷惑をかけかねない。慣れない土地に子供を連れて行ってストレスを感じさせるのもどうかと夫婦で話し合って、代打でアンニッキに打診した。子育ての大変さを知る者同士、意気投合して『それなら行くよ全然!』と快く了承も得られ、今はホッとしているところだった。


「ごめんなさい、皆さんが大変な時に……」


「いや、子供はもっと大事だろ。私たちの事は私たちでなんとかするよ」


 荷物を倉庫に運び終えたら、アデルハイトは木箱に腰掛けて溜息を吐く。


「それにしても、学園生活を謳歌するはずだったのに、色んな事に巻き込まれて……。二年は無駄にするんだなと思うとちょっと寂しいよ」


「あ……。そうですね、アデルちゃんは……」


 複雑な家庭事情もあって青春などとは無縁に生きてきた。だから学園生活は心から楽しみにしていた。エンリケたちの事は仕方ないにしても、帝国との戦争に巻き込まれ、あまつさえ魔族という脅威に晒されている。二年になったばかりで、また一年を忙しなく過ごして学園生活とはほぼ無縁になるのだと思うと、やはり期待していたものを得られなかったのは残念だと肩を落とすのも無理はない。


 大きく広がりすぎた波紋の影響に、アデルハイトは虚しさを覚えた。


「もっと楽しく生きたかったな。せっかくこの体になれたのに」


「……すみません。私たち大人がもっとしっかりしていればと思います」


「私も元々は大人なんだが。すまないな、下らない愚痴で気を遣わせた」


「いえ。実際、あなたたちだけに世界の命運を背負わせるみたいで……」


 ただでさえ多くの人間は魔物でさえ脅威だ。魔法使いたちも、大魔導師という称号を得た後でさえ魔物との遭遇によって命を落とすケースは決して少なくない。ただ胸に飾っただけの称号では、魔族には太刀打ちできない。ディアミドが命を賭してなお討伐に至らないほどだ。アデルハイトたちのように歴戦に名を刻む英雄とも言える者でなければ、いったい誰が戦えるというのか。


 不甲斐ないばかりだ。軍人たちは平和な世の中に浸りすぎて、努力を忘れてしまった。大魔導師という称号に満足して、その先へ踏み出そうと研鑽する者が限られた。今や世の魔法使いは惰眠を貪っているに過ぎないと厳しい評価を下す。ルシルは、そう言われても反論の余地がないと感じている。


「まあ、世の中というのはそういうものだよ。まだ若いなんて言われてる私が偉そうにと思うかもしれないが、戦える奴が戦って、戦えない奴のための礎となる。それでいいんじゃないかな。私たちに必要なのは未来だから」


 こほん、と少し気恥ずかしくなりながら木箱を降りた。


「まあとにかく。お前は小さな子供の親なんだから生きなきゃだめだ。私みたいに、会いたいと思っても会えなくなるのはすごく寂しいからな」

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