第47話「脅威に立ち向かう新たな仲間を」
メルカルトは背後に溢れた黒い泥のような塊に包まれると、完全に姿を消す。気配もなく、脅威が去ったと分かると安堵して気が抜けた。何が起きたのかと状況が分からないアンニッキを見て、アデルハイトは目に涙が浮かぶ。
「おわっ、な、何で泣きそうになって!? 私何かしたかなぁ!」
急に抱き着かれて動揺するが、アデルハイトがぐすぐす泣いて強く抱きしめてくるので、きっとよほど何かあったのだろうと優しく微笑んで、よしよし、と頭を撫でて抱き締め返す。
「……おかえり、アンニッキ。良かった、生きていてくれて」
「なんだかよく分からないけど、そうだね。ただいま、アデル」
最近泣いてばかりだな、とアデルハイトが涙を指で拭いながらくすっと笑う。感動の再会も束の間、ローマンがごほんと咳払いをして注目を集める。
「喜んでいる所申し訳ないのだが、私も忙しくてね。色々と伝えたい事はあるが、ヴィンセンティアからの伝言だ。────フソウの九尾と、夏の島の賢人に会え。その二人が、一年後に起こる巨大な戦争を勝利に導く鍵となる」
大きな体に戻った阿修羅が、その場にどすっと座って、太ももに肘を突く。
「フソウはわちきの住む国じゃ。なぜ貴様がわちきの親を知っておる?」
「落ち着きたまえ、レディ。さっきの男……メルカルトが起こす戦争で勝利するため、私の友人が死を以て手に入れた情報だ。分かってくれ」
長く生きる魔族は少ない。ヴィンセンティアは千年以上、ローマンは七百年を生きた。なぜ、そうまで長生きできないかと言えば、互いに捕食し合う敵同士だからだ。仲良く手を取り合って生きていこう、など殆ど誰も考えない。
だがローマンとヴィンセンティアは互いに長く生きた者同士、気が合った。ともに魔界の現状を憂いて、もっと良い未来があるはずだと助け合ってきた。メルカルトの存在は、その未来を脅かす絶対的な脅威。命懸けで何度も時間を巻き戻しては、最善の策を考え続けてきた。そんな誰よりも親しい友人が、もう死んだ事をローマン自身、まだ受け入れきれずにいる。
「時間には余裕がある。エースバルトがあそこまで負傷した以上、そう簡単には回復できないはずだ。我々魔族には、君たち人間のように治療するといった概念は持ち合わせていない。これがヴィンセンティアの狙いだった」
何度も繰り返す時間の中で、エースバルトと正面切って戦いを挑み、戦闘不能にまで追い詰めたのはディアミドと阿修羅だけだ。必ずエースバルトを倒しておかなければ戦力を整える時間は得られなかった。
「ねえ、ちょっと待ちたまえよ。そのヴィンセンティアってのは例の時間を戻す魔族だったよな、情報はアデルから届いてる。その子はどこにいるんだ?」
アンニッキがディアミドの遺体の傍に屈んで、手でそっと触れる。
「蘇生してやりたいんだ。時間を巻き戻せるんなら、ディアミドも……」
「ふむ、それはすまないが、ヴィンセンティアなら先刻死んだ」
「はっ……。うそだろ、じゃあディアミドは二度と蘇らないって事か?」
ここまで来て成果も得られず、失うばかりの戦いに無念の想いを抱える。だが、ローマンはごほんと咳払いをして横目にアデルハイトを見た。今ならばできるのだろうと尋ねるように。
「アンニッキ、聞いてくれ。ディアミドは蘇生できる。私を使えばいい」
「また君を触媒にしてか? 魔力の器だって限界なのに?」
「そう怒るなよ。その魔力の器が、私の全盛期に戻ったと言ったらどうする」
「……えっと、言い方はあれなんだけどさ」
アデルハイトの頭のてっぺんからつま先までをじろっと見て首を傾げた。
「だったら大人の姿に戻ってるだろ。君、子供の体のままじゃないか」
「あれ? そういえばそうだな。ローマンこれはどういう?」
今までのアデルハイトなら魔力の器が戻れば、肉体も当然、大人の体に戻っていた。それが今回に限っては、なぜか子供の姿のまま。だが魔力は漲っている。本人も実感しているので、やっと気づいたという具合だ。
「うむ。おそらく魔力の器自体の時間は巻き戻ったが、君の肉体はヴィンセンティアの能力による影響を受けなかった。よって、今の君が本来の君として魔力の器が馴染んでしまったのかもしれないな。ハハハ、若返りの特典付きと思えば良いだろう」
げしっ、と強く脛を蹴られてローマンが押さえながら飛び跳ねるのを背に、アデルハイトは今後の方針についてアンニッキたちと話し合う。
「とにかくディアミドは私を触媒にすれば蘇生できるはずだ。そのあたりは心配ない。だが今はアンニッキも随分疲れているようだし、明日まで待ってもらおう。今の状態で余計な負担を与えるのは長期的に見てもよくない」
「わかった。それで……目下、私たちの目的は戦力を増やす事だよね?」
こく、とアデルハイトが頷いて阿修羅に尋ねた。
「フソウの国にいる九尾とは何者か分かるか、阿修羅」
不貞腐れた様子で阿修羅はぷいっと遠くを見ながら。
「よくは知らぬ。どこから来たかも分からねえ流れ者の魔族じゃ。────指一本でわちきを叩きのめす、本当に心の底から腹の立つ大事な師匠よ」