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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第42話「もうひとりの」

「……おう、悪、な……。声が出ね……アデル、頼む……」


 両腕、片足、胴体が完全に焼かれ、まだぎりぎり機能している部分も真っ黒に焼けて動けない。言葉を交わす事さえ困難になった。


「ま、待て! 今すぐ治す、治すから……!」


 倒れたディアミドを仰向けにして両手で触れる。必死に傷を治そうとするが、魔力が足りない。完全に使い果たして、重症のディアミドを救うには至らない。やっとそこへエステファニアとプルスカがやってきた。


「え、エステファニア! 来てくれたのか、良かった! 手伝ってくれ!」


「すみません。凄まじい魔力のぶつかり合いでしたから、私たちも容易には近づけない状態で……。あの、それはいったい何をなさって?」


 振り返って、柄にもなくアンニッキが怒鳴った。


「見りゃ分かるだろ、私の友人を治してる! こいつがいなけりゃエースバルトは倒せなかった! だから助けないと、早く傷を治さないと!」


 慣れていないプルスカが両手で口を押え、エステファニアもどう声を掛けていいか分からず傍まで行ってから、ディアミドだったものを見下ろす。


「あ、アンニッキ様……。その方は、もう……もう亡くなられています」


 幸いにも傷は治っていく。治っていくが、アンニッキには命を蘇らせるほどの力はない。たとえ全快であったとしても、死者は基本的には蘇らない。呪術などで仮死状態にあるか、あるいはアデルハイトのような賢者の石を触媒にして、初めて死者をこの世に呼び戻す事が出来るのだ。


 今のディアミドは傷こそない綺麗な体だが、完全に事切れていた。


「そんな……ち、違う、死んでない。まだ助かるはずだ。私のせいで誰かが死ぬなんてごめんだ、もう嫌なんだ。頼む、目を開けてくれ。君の娘にどんな顔をして会えば良いんだ……! いやだいやだいやだ……お願い、ディアミド……」


 息をしない。してくれない。何度願っても帰ってこない。英雄ディアミドの最期がこんなに呆気ない形であっていいものか。ありえない。いやだ。誰か助けてくれと必死で懇願する。だが、彼はもう、二度と返事をしなかった。


「プルスカ、あなたは生き残った神官たちと一緒にポータルを開いて聖都の住民たちを王都へ連れて行きなさい。私はもう少し此処にいますから」


「承知いたしました、聖女様。それでは……」


 人払いを済ませるとエステファニアは落ち込んで動かなくなったアンニッキの隣に座った。ディアミドの顔色は美しく、本当にただ眠っているようだった。


「さすがは大英雄と言うべきでしょうか。あれほどの敵を倒すなんて」


「……」


「あの。連れて帰りませんか、この方。放っておいたら可哀想でしょう」


「君はさっきからなんなんだ。死者を悼む時間もくれないのか?」


 アンニッキの頬をエステファニアが遠慮なく引っ叩いた。思ったよりも勢いが強く、また「ぐえっ」と潰れたカエルのような声を捻りだす。


 聖女とは思えない腕力に少し目に涙が浮かび、ひりつく頬を擦った。


「泣き言を言っている場合ですか。ここでジッとしていてはいけません。ディアミド様のご遺体は丁寧に保管しておきましょう。消し炭になった聖都の民は生き返らないとしても、彼ならまだ助かる見込みはあるはずです」


「話すのに思いっきり引っ叩く必要なくない?」


 エステファニアの話は続く。アンニッキの抗議は無視された。


「お師匠様から聞き及んでおります。なんでも時間を戻す魔族が存在するのだとか。我々の味方なのでしたら、頼れる可能性もゼロではありません」


「……そうだね。君の言う通り、可能性があるなら賭けるしかない。とりあえずエースバルトも連れて行こう。リリオラたちに会わせてあげないと」


 やっと持ち直したか、とエステファニアが頷く。


「そうですね。では私はエースバルトの遺体を……あら?」


 さきほどまで確かにそこにあったはずのエースバルトがいない。だが、動いた気配も感じなかった。そもそも明らかに死んでいた。動けるはずがないのだ。であれば他の誰かが回収したのか、バッと立ちあがって気配を探る。


「気を付けて下さい、エースバルトの遺体がありません!」


「はあ!? あんな状態で動けるわけないだろ、何かの見間違い────」


 背中から何かに突かれて、がくんと体が揺れる。アンニッキは背後に迫った気配に気づかなかった事に驚いた。そして自分の胸を貫く腕を見下ろす。


「……クソッ。やってくれ、たな……!」


 振り返った時。その姿を見た。どこにでもいそうな間の抜けた笑顔を浮かべる無精ひげの男。敵意も何も感じない。それゆえに気付けなかった。もちろん、敵意などあるわけがない。男にとっては、たまさかそこに蟻がいただけの事。


「アンニッキ様! あなた、いったい何者……!?」


「さあ、それを君たちが知る必要はないよ。どうせ死ぬんだからさ」


 男が一歩前へ出たとき、エステファニアは咄嗟に武器を横に構えて盾にしようとした。だが、手刀ひとつで肩から腰までを斜めに武器ごと斬り裂かれた。咄嗟に半歩後ろに下がったが、十分な致命傷となって膝から崩れ落ちた。


「さて、時間もないし魔力もかなり使った。長居をするのはおじさんも厳しくてね。さっさとトドメだけ刺してあげよう」


 エステファニアの頭を踏み潰そうと足をあげた瞬間、背後からの殺気に飛び退く。肘をついて体を支えるアンニッキが、エステファニアを護るように氷柱を幾本も突き出させて覆い隠す。


「おや、おかしいな。心臓を貫いたのにまだ生きてるのか?」


「ざ……ざけんな……私はこう見えて、しぶとくてね……」


「そっか。それは残念だ、エースバルトを連れて帰らないといけないのに」


 瞬時に男はアンニッキの背後を取り、その首を掴んで地面に押さえつけた。


「死出の旅路に土産を持たせてあげよう。おじさんはメルカルト・チュータテス。エースバルトと同じ魔将だよ。────おやすみ、レディ」


 なんとか抜け出そうと抵抗するアンニッキの首を、ゆっくり力を籠めて────ゴキッ、と鈍い音がする。もがいていた体がゆっくり動かなくなった。


「さて。帰ろうか、エースバルト。君もよくそれで生きてたな?」


 少し離れた場所に運んで寝かせていたエースバルトに声を掛ける。龍の体ではなく人型になるほど弱っているが、奇跡的に微かな意識を残すのは龍種の無尽蔵に溢れる高い魔力と、その強い生命への執着によるものだ。


「……死ね、ボケ」


「相変わらず口悪いなあ……。まあいいさ、君に死なれたら困る」


 傷のあった部分をメルカルトが手を翳すと黒い魔力の塊が足りない部分を補う。一時的な延命処置。魔界に戻ればもっと治癒力を高められるが、人間界には魔物が殆どおらず栄養の補給もできない。長居はできなかった。


「では行こうか。嫌だろうが担がせてもらうよ、後二分くらいしかないし」


 肩にエースバルトをよいしょと担いで、ふと背後に視線を向ける。そこにアンニッキの姿がなかった。目を見張って驚き、倒れていた場所には砕けた大きな氷が散らばっているのを見て、フフッと声が漏れた。


「逃げられちゃったな。まあ、さほど支障はない。随分と手練れを相手にしたようだね、エースバルト。君がたかが数人相手に負けるなんて」


「……死ね。俺に恥を……かかせやがって……」


 悪態を吐かれてもメルカルトはけらけら笑って気にも留めない。


「下らないな。これからの未来のために、君には働いてもらわないといけない。今回くらいは諦めてもらいたいね」

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