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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第41話「相討ち」

 突きあげた拳からマグマを噴き出して、聖都へ雨のように降らせる。建物も、草木も、何も残らないほどに。今のエースバルトはまさしく歩く火山だ。何もかもを焼き尽くし、美しかった町は火砕流に呑まれて消えていった。


「エースバルト、君はなんてことを……!」


「安心しろ。誰もいない、この町には誰も。ああ、だが聞こえる。遠くに聖女の力を感じる。必死に祈りを捧げている。お前たちの無事を信じている」


 ひび割れが大きくなり、よろめいたエースバルトが膝を突く。


「うっ……! この体は流石に負担が大きいな……!」


 魔力は十分に有り余っている。だが、肉体から生成され続けるマグマはエースバルト自身をも僅かに侵食した。いかに強力な龍種といえども、その身に宿したのが手に負えないほどの力であれば制限せざるを得ない。ゆえに外殻による難攻不落の防御能力を備えていたが、突破された以上は本気を出すしかなかった。


「(この熱を前にしてなお、涼しい顔をする奴らは久しぶりだ。怒りではない。歓喜がある。殺したい。勝ちたい。俺の中が明確な欲求で満たされていく)」


 腰を低く屈め、足に力を込める。


「────《エスペランサ・クエレブレ》!」


 全身にマグマを纏い、飛び跳ねると脚力で空を蹴ってディアミドたち目掛けて落下する。前に出たアンニッキが分厚い氷の壁を生成、エースバルトが突っ込んだ先には既に二人の姿はない。


 鋭く突かれた槍がマグマに熱を帯びる事もなく背中を刺す。尖端が食い込み、背後からの奇襲に成功したものの、ディアミドは手応えを感じられない。


「コイツ……俺の槍を呑み込んで……!?」


「放さんぞ、ディアミド・ウルフ。このまま貴様ごと焼き尽くしてやる」


「ハッ、そうは行くかよ! こいつでも喰らいな!」


 槍に魔力が籠められ、先端に集中していく。溜めきれない魔力を爆発させ、呑み込んだ肉体を弾き飛ばして槍を強引に引き抜いた。だが、その拍子に噴出したマグマが頬を掠めて、僅かに火傷する。


「ッチィ……! 全身が武器かよ、厄介な奴だ!」


「なめるな、ディアミド・ウルフ! 逃がすものか────ッ!」


 身を回転させ、巨大な尾は鞭のように素早く振るわれる。


「そうはさせない。私もいる事を忘れてもらっちゃ困るな」


 空から降った岩壁が砕けたような氷の塊がエースバルトを直撃する。ぐらりと怯んだ隙をディアミドは逃がさず、一気に距離を開けた。


「助かったぜ、アンニッキ!」


「ふん、君がもう少し慎重なら助ける必要もないんだけどね」


 氷の柱の上に避難して、できるだけ援護に徹して大きな魔力は使わないよう心掛ける。下手に突っ込めばディアミドの邪魔をしてしまう。今は互角に戦えるだけエースバルトの魔力も削ったのだから無理はしなくていい。────その考えが間違っていたと、直後に思い知らされた。


「ぐ、う……! がはっ……!」


 炸裂した背中が治癒しない。治癒させられない。肉体が焼かれていく。灼熱に溶けていく。衝撃を吸収する外皮に対して体の内側はそこまで防御性能が高くない。ディアミドの魔力爆発はさほど大きくないながらも、エースバルトの弱点を咄嗟に見抜いての一撃であった。


「(いかん、いかんいかんいかん……。このままでは俺が死ぬ……! マグマに魔力を延々と喰われているせいで動きが鈍くなってきた。であれば、そろそろ最終段階に入るべきか。これを使うのは初めてだな……)」


 まっすぐ立ち、腕をだらんと垂らして立ち尽くす。黒煙が空に昇っていくのを見ながら、魔将として君臨し続けてきた事の意味を知った。


「あぁ、今日みたいな時間が忘れられん。俺の最初で最後の日よ」


 両腕を大きく広げる。空気を吸い込むと全身が肥大化を始め、罅割れがさらに広がっていく。不気味で、綺麗で、煌々と輝く体の中で魔力はうねり、激しさを増してさらに侵食を進めた。


「アンニッキ、こっちへ来い! ありゃまともじゃねえ!」


「おおっと、ディアミド。悪いけどそりゃ無理だ。私が逃げたら全部終わる」


「は……? おい、何言ってやがる、ありゃどう考えても自爆だろうが!」


 溜まった魔力は突けば弾ける風船のように炸裂する。とても触れる事は出来ない。ディアミドがアンニッキを護るとしても、かなりの重傷を負うのは目に見えている。そんな事をさせられるわけがない。氷の柱からまっすぐ地面へ降りて、エースバルトの前に立って、巨体を見あげて寂し気に笑った。


「まったく世間は驚く事ばかりだ。私より強い奴が何人いたんだか。五百年くらい前までは、私の右に出る奴なんて会った事もなかったのに。だけど、せめて最後は格好よく君と相討ちして終わりというのも────ぐえっ」


 格好よく決めるはずが、襟を掴んで引っ張られる。ディアミドが鬼の形相でアンニッキをエースバルトから離す。


「何してんだ、馬鹿! 領域魔法を使わないと君も私も死ぬぞ!」


「アホぬかせ。生きて帰らずにアデルやカイラに恥を掻かせるつもりか?」


「んな事言ったって……! くそっ、もう間に合わない!」


「安心しな。今日はラグナも置いて来ちまったが、俺にはコイツがある」


 爆発寸前のエースバルトに向き直り、地面に両手で槍を突き立てた。


「……真槍解放。血塗られた護り手よ、裁きの天秤を頂く戦士よ。崇高なる牙を研ぎ、いざ吼えろ!────《戦神のひと突きカタム・カルド・シヴァ》!」


 赤黒い魔法陣が形成され、槍が魔法陣に吸い込まれる。煌々と輝く瞬間、エースバルトが自らの体に溜まった魔力をマグマに変えて大爆発を起こす。ディアミドが拳を魔法陣に向けて殴るように突き出すと、一本の赤黒い魔力が槍となって飛んでいく。爆炎に触れた瞬間、全てを吹き飛ばす魔力の衝突が起きた。


「うわっ、なんだ……何も見えないぞ! 無事かい、ディアミド!?」


 爆風に飛ばされないように氷で身を護ったアンニッキは、しばらく耐えた後に何度か呼びかける。返事がない。落ち着いたころに氷は粉々に溶け、目の前にある光景をアンニッキの前に広げた。


「……おいおい、嘘だろ。なんだこれは」


 爆心地にエースバルトは立っていた。しかし、その胴体の殆どは穿たれて消し飛んだ。立っている事さえ異常な状態で、決して膝を突かず立ったまま。ディアミドの槍の一撃が、爆炎の中を突っ切って肉体を抉ったのだ。


「こ、これまでか……。クソ、メルカルトの言う事を聞いておけばよかったな。そうすれば、また、貴様らと戦えたかも、しれないのに……」


 ぐらりと巨体が倒れて完全に事切れる。全力の一撃は、とうとう怪物、エースバルトという強敵を討つ事が叶ったのだった。


「すごいじゃないか、ディアミド! なんだ、君もやればできるな! 聖都の被害は免れなかったが、これでみんな無事だ。このまま王都に────」


 ディアミドの肩に触れた瞬間、腕がぼろっと崩れ落ちた。真っ黒く、焼け切った炭のように。アンニッキも思わず絶句した。ディアミドの体は焼け焦げている。エースバルトを確実に仕留めるため、そしてアンニッキを巻き込まないために自分の後ろには一切の爆炎を通さなかった。


 その代償に、ディアミド自身は完全に灼熱に焼かれていた。

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