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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第39話「神秘の魔女」

 理解。及ばない。到底不可能。怒り。湧きあがり、炸裂する。エースバルトの内側に抑え込んでいた怒りは限界に達せば制御不能だ。まして弱小種族に負けることなど────否、違う。本心はまるで逆。分かっている。弱小種族と侮っていた自分に腹が立って仕方がない。また甘えた事を考えたな、と。


「……ブチ……殺す……」


 蒸気が上がる。氷が溶けていく。


「(私の氷が溶けただと? いや、そもそもおかしい。なぜアイツはさっきから全身が凍らないんだ。外側には干渉できているのに内側には影響がない。わざわざ咄嗟に仕込んでやったのに、まさか体内に氷を溶かす熱が蓄えてあるのか?)」


 飛び込んできたとき、咄嗟に腕に咬みつかせたのは偶然ではない。咬みつかれながらも自身の腕に魔法を掛け、氷ごと呑み込ませた。ある種、呪術に近いそれはアンニッキの魔法を効きやすくするための弱体化(デバフ)の仕掛けだ。


 だが、アンニッキの喰わせた氷が体内に残っていればこそ。本来であれば内側から凍りつかせる事も可能なはずだが、何度冷気を繋いで魔力を注いでも、エースバルトの外側、つまり魔力のほぼ通っていない外殻を凍らせて動きは制限できても体内だけはまるで効き目がなかった。


 そして今、体表にはそこにいるだけで強烈な熱波を放つ怪物がいる。全身の外殻が剥がれ落ち、肉体が一回りは巨大化しながら、真っ黒な皮膚は罅割れた岩石のように変わり、裂け目からは火を噴きながら、高熱の、マグマとも言える体液をどろりと零して大地を焼く。


「もう限界だ……! 魔性解放────《アティトラン・ギータ》!」


 四つん這いから立ちあがると全身から一気にマグマが噴き出す。灼熱は大地を呑み込み、アンニッキとエステファニアが咄嗟に広場へ張った結界にぶつかったが、それすらも燃やして道を開けようとする。


「聖力や魔力でさえ燃やすのか……!? エステファニア、こいつは君の戦闘スタイルでは相手にしきれない! 私がなんとかするから聖都に残ってる人たちがいるのなら、もっと遠くへ避難させてやってくれ!」


「くっ……! わかりました、後ほど助けに参り────」


 戦線を離脱しようとした瞬間。既に背後にはエースバルトが回り込んで立ち尽くし、エステファニアを敵愾心に満ちた瞳で睨む。


「逃げられるわけないだろ?」


「なんて事……。すみません、アンニッキ様」


 ある程度は戦える自信があった。硬い外殻は即座に破壊しきれなければエースバルトが修復させてしまう。ある程度の大きさをした標的相手への単純な破壊力ならアンニッキよりもエステファニアの方が高い。結果でそれを示した。だが、エースバルトは、これまでの敵とは遥かに格が違う。


────最初から本気など出していなかったのですね、この者は。


 エステファニアを殺そうとする大きな腕が炎を纏う。触れれば瞬く間に灰になるような火力は、魔力や聖力でさえ喰らい尽くす。巨体に見合わず俊敏で目で追いきれないエースバルト相手に、成す術など無かった。


「最初から諦めるくらいなら戦うな!」


 諦めて目を瞑り、死を待った。だが、すんでのところでアンニッキにより救い出される。結界が破れると、アンニッキは瞬時に手を翳して空に展開した複数の魔法陣から氷の柱を落として囲むように魔力の結界を張り、少しでも聖都にマグマが広がってしまうのを食い止めた。


「エステファニア、歯ぁ食いしばれよ!」


「えっ、ちょっ、待って心の準備が────!?」


 宙でぐるっと回転して、思い切りエステファニアを遠くへ投げ捨てる。予想外に返事は聞こえなかったが、アンニッキは「聖都の連中をもっと遠くへ連れて行け!」と叫んだ。皆が規範通りにプルスカたち聖職者を中心に退避はしているが、時間が掛かりすぎている。まだ余力を十分なほど残しているエステファニアなら単独でもポータルは開けると判断して任せた。


「さて、周りはすっかり住民もいないみたいだし……」


 地上へ降りる。エースバルトは広場の中心からほぼ動かず、アンニッキを前してジッと動かない。灼熱の化身の放つ熱が結界の中の強烈な冷気とせめぎ合う。


「(時間の問題かなあ……。こりゃ私に勝ち目はなさそうだ)」


 残された魔力はそう多くない。一方、エースバルトは多少のダメージを与えたのも束の間の喜びであったと思い知らされるほど無意味で、今は全快にも等しい。魔力もほぼ万全。とても蛮勇を振りまいて豪胆に笑えるような状況ではない。


「どうした、アンニッキ。俺が怖ろしいか?」


「いや、それはちっとも。むしろ清々しいくらいにイケてるよ、君」


「……はあ、人間のくせに変わってるな」


 腹が立たないのは初めてだった。エステファニアには明確な恐怖と絶望を感じた。気に入らなかった。殺してやると思った。なのに、アンニッキにはそれが湧いてこない。恐怖するどころか興味を示していて、ブツブツと「不思議な体だな。体内でマグマが造られてるのか?」と不思議そうにしている。清々しいとまで言われるとは予想もせず、魔族でさえ怯えて命乞いをするのが自然なのに、この女はなぜ何も感じないのかと、エースバルトも興味を抱いた。


「俺は弱い奴が嫌いだ。勝てもしないくせに、少し通用したくらいで勝てると思い込む馬鹿が嫌いだ。だがお前はどちらでもない。強いうえに、勝てないと分かっていながら俺に挑もうとしている。……なぜだ?」


「ん、そうだねえ。君がお喋りしてくれるなら相手してもらおうかな」


 話している間も結界はエースバルトの浸食の影響を受けて弱っては張り直され、アンニッキの魔力を削いでいく。十分な時間稼ぎさえできればいい。たとえ魔力が底を突いても構わなかった。


「私には守りたい人たちがいる。それは君が嫌いな弱者でしかない。おそらく、君と同意見の人間も中にはいるだろう。だけど私は、そんな弱い人たちが愛おしくてたまらない。守りたくてたまらない。守れる力があるのなら、そのために私は命を懸けよう。君がどれほど強く、私を踏み潰して先へ進むとしても」


 アンニッキの来ていたロングコートが凍りつき、粉々になって風に崩れていく。帽子を脱いで、ふわっと軽く投げ、ネクタイをきゅっと固く締める。


 投げた帽子がマグマに触れて、瞬時に燃えあがって灰と散った。


「さあ、始めようじゃないか。君の大好きな本気の殺し合いって奴を」

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