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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第38話「渾身の一撃」

 領域結界が崩れていく。雪が降るように、静かに。アンニッキ・エテラヴオリの実力は確かだ。聖都という足枷が、自分という邪魔がいなければエースバルトを相手にもっと善戦できていたはずだとエステファニアは膝から崩れた。

 英雄と持て囃され、魔界と人間界を繋ぐ道を完全に隔絶した。それの何を驕って戦場に立っているのか。大した事でもないではないですか。仲間ひとりさえ守れないどころか、助けられてしまった。ああ、神よ、私はどうすればよかったのでしょう────。


「仲間一人が潰れた程度で戦意喪失か、情けねえ女だ。だが餌としては十分か。デザートは後だ、まずは貴様から喰ってやるとするぜ、聖女様よ」


 頭から喰い千切ってやろうと顎を広げて、びたりと止まる。背中に刺さるような冷気に振り返ると、アンニッキが立っていた。間違いなく致命傷となる一撃だったはずだと驚愕して、エステファニアへの興味が失せた。


「……まだ立てるのかよ。そこまでいくともう人間じゃねえな」


 アンニッキの傷口は完全に氷漬けにされている。残った片腕で、おもむろにエースバルトを指差して────。


「《運命は冷たく熱く、(コホタロ・トゥ)汝を焼き尽くす(リ・ラヴィーニ)》」


 突風が吹く。一瞬、足を取られそうになるほどの勢いにエースバルトが僅かに踏ん張ろうとして、滑って転ぶように前に倒れた。


「ッ……!? なんだ、今何が起きて……!」


 片腕と片足が凍りついていた。外殻だけではなく、内側にまで浸透する冷気に感覚を失い、まともに動かす事ができないまま、尾で地面を叩いて飛び上がり、距離を取って何をされたのかを確かめようとする。


 アンニッキはその場から動かず、ただエースバルトを睨む。


「うるさいトカゲだな。空を飛ぶのは許可してない」


 何を言っているのか意味が分からなかった。だが、すぐに理解させられる。羽ばたこうとした双翼が上手く動かない。視線を向けた瞬間、全体が凍っているのに気付く。地面へ落下して、まだ動く尾で身を護って着地する。


「(クソ、なんだ!? いったい何をされたんだ、俺は……!)」


 ただ指を差されて、風が吹いただけ。ただそれだけで今度はエースバルトが不利に転がった。アンニッキからただならぬ気配を感じ、呼吸を整える。


 人類など取るに足らない種族と断じてきた。龍とは魔族の枠にありながら、神に近い種族であると自負していた。それが誤りであったと、エースバルトも今は怒りを収め、喜びすらも押し殺して冷静さで思考を満たす。


「油断はしねえ。アンニッキ、貴様を敵と認めてやる。龍をも殺そうとする女よ。たとえ圧砕しようとも、貴様を永遠に忘れない」


「勝った気でいるなよ、若造。私はそう甘くない」


 千切れた腕を氷が形造り、弾けて割れると服までしっかり元通りになった。アンニッキの再生魔法の精密さは、指先ほどのダイヤを美しく加工するのもさながらに復元される。エースバルトも思わず目を見張った。どこにそんな魔力が残っているものか、アンニッキの肉体を注視して動揺さえした。


「死んでも刺し違えるつもりか! 限界を超えてんじゃねえか!」


「私の背負ったものは小さかねぇんだよ」


 魔力の器の限界量を超えて無理やり魔力を増幅させる。常識的な大魔導師の数十倍以上を蓄えておけるアンニッキだからこそ成せる偉業。肉体に重い負荷を掛けるため命の危険もあるが、魔将(シバルバー)を相手に甘い考えは持たない。全てを擲ってでも倒さねばならない敵なのだ。


「ならば覚悟を決めろ、アンニッキ! 俺が確実に仕留めて────」


 目の前の威圧感に周囲の殺気を忘れ、背後に迫った鉄球の棘が後頭部から外殻を叩きつけられて両膝をつく。危うく地面に顔をつけるところだったと、両手で押さえてエースバルトが怒りに震えた。


「よくも、水を差してんじゃねえぞ、雑魚が!」


 拳を振り抜こうとして、体が半分以上凍りついて動けなくなる。自身の外殻の白さにアンニッキの魔法で凍った事に気付くのが遅れた。


「くそ、なぜ……!」


「残念でしたね、届かなくて」


 振り抜かれた鉄球があらゆる角度から叩き込まれる。完全に固定され、本来なら吹っ飛ばされるような打撃をその場に受け続けて外殻が砕け始めていく。エースバルトの本来の肉体の色である黒い肌が見え、今度こそ叩き割って頭蓋に打ち込もうとエステファニアは柄を強く握りしめて振りあげ────。


「大概にしとけよ、クソガキが……」


 全身が赤く燃えあがり、灼熱の魔力の風が外殻から放たれる。


「エステファニア、離れろ! そいつの熱風に当たるな!」


 アンニッキの忠告に従う事はできない。否、そもそもからして距離が近すぎるうえに攻撃するための動作に入っていたので、逃げるのには必ず一歩出遅れる。確実に骨も残らないほどの熱風に晒される────はずだった。


「ぬぅおおおぉぉぉりゃああぁぁぁぁぁ────っ!!」


 渾身の一撃が、エースバルトの頭部を覆う外殻を今度こそばらばらに砕き、直に鉄球の棘が食い込んで地面に叩き伏せた。殴られたエースバルト自身もだが、アンニッキも驚いてぽかんと口を開けた。


 まったくの無傷。エステファニアは平然と立っていた。聖力によって邪悪な気を持った魔力は通常よりも強く弾くため、エースバルトの熱風に真正面から耐えられた。聖女とは信仰こそが力である。ずっと隠していた秘策のひとつだ。


「四英雄最強の聖女なめてもらっちゃあ困りますよ、ってね」

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