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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第34話「窮地を察して」

 ふと、シェリアの告白を応援していた顔ぶれが残念がったり、腹を立てたりしているのを見て気まずくなる。『覗いてんじゃねえよ』とシッシッ、と手で追い払う仕草をして、シェリアに自分が来ていた襤褸を着せた。


「寒いから早めに入って来いよ」


 そういって去ると、入れ違うようにアデルハイトたちがシェリアに駆け寄った。ひとつの恋が終わりを告げ、少女の悲しみに皆が寄り添う。ディアミドは心苦しかったが、それも成長のきっかけになるだろうと痛みを背負った。


「美しい、実に青春じゃのう」


「なんだよ。阿修羅、お前は行ってやんねえのか」


「わちきじゃなくとも皆が慰めておるわい」


 瓶ごとワインを飲みながら、けらけら笑ってチーズを食べる。呑気に見えたが、阿修羅の気配にディアミドはジッと見下ろして、悲しそうな目をした。


「なんだ、バレてんじゃねえか。」


「わちきは勧めぬが。行くのか、確かめに」


「ああ。誰も気づかねえなんておかしい話だよな」


 はるか遠く北の大地から波打つ巨大で複雑な魔力の波。肉体が脆弱になったからか、アデルハイトでさえ気付かない。ディアミドと阿修羅の二人だけが、その異常さに勘付いている。


「強いというのも難儀するわいのう。嫌な臭いがすぐ鼻につく」


「悪いばかりじゃねえさ。それで生き残って来たんだから。……それより、ちょっと話さねえか。ここじゃ目に付いちまうだろ?」


 黙って頷いた阿修羅が指差したのは休憩室の扉だ。騒がしくないよう防音になっていて、外の音も聞こえなければ声も漏れる事はないので都合が良い。目立たないようにさっと移動して、扉を閉めた。


「阿修羅、俺はお前ほど敏感じゃねえ。位置は分かるか?」


「聖都じゃのう。聞いていた話と違いすぎやせんか。一年は平和と言うておったはずじゃが……、あのミトラとやら、まさかわちきらを騙したんじゃあ」


 相手は魔族だ。疑り深くて当然。そんな阿修羅とは違ってディアミドは『それはないだろう』と考えた。一度だけ学園でミトラに会ったとき、話している姿があまりにも寂しそうで、ミトラには居場所がないふうに見えたのだ。


「知らねえなら問い詰めればいい。問題は聖都で何が起きたかを見てくるのが先だ。二時間くらい前にデカい魔力がしばらく続いたかと思えば、今は雲隠れでもしたみたいにぴたりと止んでる。だが、重要なのは────」


「アンニッキが死ぬやもしれん」


 阿修羅の言葉にディアミドの表情が凍りつく。


「嘘ではない。わちきらでなければ察知できないほど巨大な魔力がせめぎ合ったが、一方は間違いなくアンニッキじゃ。……じゃが、どうにも危険な香りがする。アンニッキはおよそ限界に近い。なお敵は健在。であればわちきが行ってもよい。ぬしが行く必要はないのではないか?」


 シャツの裾をつまんで阿修羅が引き留めようとする。ディアミドは親だ。ようやく、自分が父親だと伝えられたばかりで、共に過ごす親子らしい時間も少ない。アデルハイトを悲しませるのではないかと伝えたかった。


「わちきにとってエルハルトは大切な友じゃった。それは今でも変わらぬ。そして、それと同じくらいに、ぬしもエルハルトの選んだ伴侶。なれば、わちきはぬしを想うて仕方がない。アデルハイトが独りになってしまう」


「かもな。だが、どう足掻いたって俺はアイツより長生きしねえよ」


 へらへらしてさも気にしていないふうに装う。


 本当は辛い。別れるのは惜しい。それでも。


「いいか、阿修羅。親ってなァ、自分のガキには長生きしてもらいてえんだ。そのためなら先に逝く事なんざ惜しくはねえ。それが本物の親って奴さ。たとえ涙を流す事があったとしても、いつかそいつは他の誰かが拭いてくれる」


 仰向けにした手の中に、小さな光の球体が浮かぶ。数秒経つと宝石になった。ぴかぴか光る、美しいパールのような宝石だ。


「阿修羅。コイツをアデルハイトに渡してくれ。覇者の武具なんざ過ぎたもんは俺にはもう必要ねえ。ソイツも納得してくれてる」


「……たわけ。生きて帰って来て自分で渡すがよい。ただ、まぁ、それまでは預かっておいてやる。代わりの武器はあるのかえ」


 こくりと頷いて、自信たっぷりに答えた。


「愛用の槍が一本残ってる。俺が命を奪おうってときにだけ使う槍が」


「ハッ、見て戻ってくるだけじゃろ。何も起きんわいのう」


「それが一番なんだがよ。ま、アンニッキが本当に死に掛けてんのか確かめてやんねえとな。あの俺より長生きな不死身の女が死ぬわけねえが」


 静かにポータルを開き、聖都近くの雪深い場所へつなげる。


「ちっ、クソ吹雪でなんも見えやしねえな。ま、行ってくる。お前に頼み事なんざ柄じゃねえが────阿修羅。子守はあんたに頼みたい」


「おう、であればわちきはぬしを待っていよう」


 潜り抜けた先。吹雪の中をディアミドが進んでいく。ポータルが緩やかに閉じていくのをジッと眺めて、手の中に聖槍の宝石を握りしめた。


「おい、阿修羅。ここで何やってる、ディアミドは?」


「ぬ、アデルか。あやつなら用事が出来たとかで先に帰ったわいのう」


「そうか……。せっかく久しぶりに会えたのに。もう少し話したかったな」


「また帰って来るじゃろ。あの男は忙しいからのう、今は我慢せよ」


 うむ、今は。今だけは。これから先も、と阿修羅は言えず、言葉をそっと胸の奥に押し込んで、込み上げてくる嫌な感情を吐き出すまいと堪えた。

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