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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第25話「親子なんかじゃない」



 参観日がやってきた。学園は保護者が半ば観光気分で来て賑わいを見せる。というのも、学園には基本的に事情がなければ立ち入り禁止なのだ。物珍しさと生徒たちの日常生活を覗くという意味でも、参観日などのイベントは特別だった。


 校舎では授業が始まるのを待ちながら我が子と会話する親が多く、教室から廊下まで話声が木々のざわめきのように聞こえてくる。


 そんな中、まったく興味のないアデルハイトは隣同士に座っているシェリアと阿修羅に、今度参加する予定のパーティに行かないかと誘った。


「ジュールスタン公爵令息の誕生日パーティかぁ。ボクは行ってもいいなぁ。ドレスとか貸してくれるのかな? それとも制服で行けばいいのかな?」


「わちきはこれが正装でもあるゆえ。飲み食いが出来るのなら行くぞ」


 良くも悪くも欲望に忠実だな、とアデルハイトも面白がって、絶対に連れて行ってやろうと思った。実際、シェリアは貴族の主催するパーティなど見た事もない。耳に聞くだけのおとぎ話のような世界を想像していて、阿修羅は「つまるところ宴会みたいなもんじゃろ?」と自国の基準で考えている。何度も参加した事のあるアデルハイトからしてみると、反応が新鮮だった。


「楽しみだなぁ。あ、それより今日の参観日だよ。ユリシスさんまだ来てないの? そろそろ授業始まるけど、まさか迷ってないよね」


「……うむ、どうだろう。ちょっと廊下を探してみようか」


 まさかあのユリシスがそんな事になるはずもない、とは思いつつも、可能性はゼロではないのでそわそわした気分で廊下に出てみる。三人できょろきょろと姿を探すが、まだユリシスの姿は見当たらなかった。


「今日は来てくれるんだよね?」


「あぁ、もちろん。約束してくれたよ」


「だったら安心────」


 話がぷつりと切れる。背後から「シェリアちゃん」と呼ぶ声がしたからだ。一瞬で空気が凍りついたのに気付いたアデルハイトと阿修羅が目を合わせた。声を掛けてきたのは、シェリアの父親にあたる男だ。


「……何しに来たんですか、ヒースさん。来ないでって言いましたよね」


 語気を強めるシェリアに対して、ヒースといういかにもな優男が困ったように頭を掻いて、へらへらした苦笑いをする。


「そう言わないでおくれよ、シェリアちゃん。お母さんだって心配してるんだから。もう少し僕と仲良くしてもらえると嬉しいなあ。……あ、ほら。友達がいるなんてひと言も聞いてないし、寂しいよ。紹介してくれるかい?」


「ボクは話す事なんかないって前から言ってるでしょ!?」


 叫んだシェリアに注目が集まり、周囲がざわつく。これだから庶民出身は、卑しい身分は、という声が口々に聞こえてきて不愉快な気分が広がっていく。にも関わらずヒースは何も気にしていないふうにシェリアの前に屈んだ。


「いいかな、シェリアちゃん。君がお母さんを大事に想うのは分かるけど、僕だって同じくらいに大切に考えてるんだ。一緒に協力しようよ。こんな事して困るのは君じゃないか。僕に出来る事ならきちんとするから────」


「だったら関わらねえようにしてやるのが一番なんじゃねえのか?」


 シェリアの頭に優しく大きな手が置かれる。懐かしさすら感じる温かさ。前にも救われた。体も心も、全てが癒される存在だった。


「あなたはどなたですか。私の娘とはどういう関係で……」


「さあな。そりゃシェリアが決める事だ。んで、あんたは」


「父親です。シェリア・ジネットの父親」


「血は繋がってねえんだろ。だったら父親とは言えないんじゃねえのか」


「ですが書類上はそうなっていますから、何の問題もない」


 強気に出るヒースに、ディアミドが小馬鹿にしてハッと笑った。


「自分のガキが嫌がる事をするのが父親だってんなら、確かに間違っちゃいねえよ。きちんと言いかえりゃあ、紙切れ一枚で結ばれた親子関係ってだけだ。そりゃシェリアにとっちゃ親でもなんでもねぇな?」


 一触即発の空気に、ヒースがシェリアの腕を掴んで連れて行こうとする。


「来なさい、シェリア。流石に今回は大目に見てやれない。話があるから、あっちへ行こう。でないとお母さんに全部伝える事に────」


 掴まれた腕をシェリアが強く振り払った。


「シェリア、いい加減にしなさい!」


 叱った。叱られた。それでも動じない。


「ボクは行かないって言ってる! 好きにしてよ、もうウンザリだ!」


「……っ! わかった、だったら好きにするといい。お母さんもがっかりするだろうね。君がこんなにも聞き分けのない子だったなんて!」


 憤慨しながらも周囲の視線に気まずさを覚えてヒースは逃げるネズミのようにさっさと歩いていく。あれが父親の姿かよ、とディアミドが馬鹿にする。親が子供を必要以上に抑圧するような真似をするべきじゃない、と。


「ごめんなさい、ディアミドさん。助けてもらって……」


「おうおう、泣きそうな顔すんじゃねえって。今日は参観日なんだから」


「でも、もうボクを見に来る人は誰もいないよ」


「いるじゃねえか、ここに俺っていう人間が。これで寂しくねぇだろ?」

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