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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第24話「勇気を出して」

 ジュールスタン公爵家とイングリッド伯爵家は古くから親交がある。それゆえに顔を合わせる機会も多く、いつかは子供たちも結婚させる気だった。どちらの家門にもメリットが大きい。王国内での貴族たちの数多ある派閥に対して盤石な地位を得るはずだったが、それをひどく嫌がったのがローズマリーだ。


 幼馴染であるエドワードと結婚すると言って聞かず、何度もイングリッド伯爵から謝罪の手紙が届いた事もある。一方、ヨナスはあまり気に留めていなかった。どうせ自分は老いぼれて死んでいくのだから、我が子が思うままに進めばいい。であればわざわざローズマリーを縛り付ける理由もない。


 しかし、それを気に入らなかったのがジュールスタン家の長男であるエイデンだ。他の家門ならいざ知らず、伯爵家の令嬢にフラれたとあれば自身の恥にも等しい。手籠めにして言う事を聞かせようと傭兵まで雇ったらしく、伯爵家に忍び込んだ所を偶然にも居合わせたエドワードに全員が仕留められて発覚に至った。


「今回の件は私から謝罪の品と手紙を送って、伯爵からもこちらで処理すると返答を貰いはしたが、やはりこのままでは示しがつかんだろう。大勢集めたところで恥を掻かせれば少しは頭を冷やすかと思ったのだ」


 今回ばかりは大目に見てやるといった事はできない。むしろこれまで十分に甘やかしてきた。ウィリーと違って家門を継ぐのだからと大切に育ててきた結果がこれかとうんざりだった。とはいえ世間知らずの我が子に対して、ヨナスは寛大でいようという親心もまだ持っている。そこで自分以外の者に頼もうと考えた。


「最初はヴィセンテに頼むつもりだったが、この際だ。お前の友人であれば歓迎しよう。息子の誕生日パーティが台無しになるように手を貸してくれ」


「であれば、ぜひ参加させてもらおう。社交場なら阿修羅たちにも都合が良い場所になるだろう。……あ、本当に連れて行っても?」


 決闘した後だ。阿修羅の事をどう思っているかが分からず尋ねてみると、酔っているからなのか、それともただ気に留めていないのか、ヨナスも嫌そうな顔はせずに「構わんよ。あれは良い女だ、惚れるのも分かる」と頷いた。ウィリーがどう見ているかなども、既にお見通しだった。


「息子たちは私が思っていたよりもずっと情けない育ち方をしてしまった。いや、そうしてしまったのも、私がろくな父親ではなかったせいだろう」


 グラスをぎゅっと握って、悲しげに眉尻を下げた。


「母親がいない分の愛情の注ぎ方など私には分からなかった。使用人に任せていたら、子供とどう接していいか。今のような関係が良くないとは頭でも分かっているのに改善する方法が見つからない。……だが、」


 顔をあげると、アデルハイトへ羨望の眼差しを向けて────。


「私もそろそろ前に進まねばならない。生きているうちは遅すぎるという事もない。これから少しずつ、我が子と向き合おうと思う。それをお前たちから学ばせてもらった。遅くなったが、私もまたひとつ成長できるところへ立てた」


 ずっと迷っていた。だが疑う事から目を背けてきた。足を掴まれても振り払って生きてきた。ジュールスタン公爵家の当主として育てられ、『実力のない者に払う敬意はない』というスタンスを貫いた。間違っているのではないかと思った事もある。それを口にしなかった事だけが、ヨナスの永遠の後悔となった。


「私は何もしていない。だが、やり直すというのなら手は貸すとも。他のみんなも納得してくれるだろう。……ユリシス、お前も行くんだろ」


「お前が行くならどこへだって行くさ。喜んで手を貸すよ、その計画」


 心強い味方を得るとヨナスもやっと安心して、グラスの底に残った少ない酒を飲み干してテーブルにそっと置いた。


「誕生日パーティは二週間後だ。では失礼する。楽しみに待っているぞ」


 見送りは要らない、と気遣ってヨナスが出ていくと、二人の間には落ち着いた空気が流れる。アデルハイトがヨナスに取り上げられたグラスを手に取ると、ユリシスがボトルを片手に取って注ぐ。


「飲みすぎるなよ、アデルハイト」


「お前こそ。顔が仄かに紅いんじゃないか」


「ああ、中々酔ってるかも。常識も忘れそうだ」


「子供の体になってる私を押し倒したときも?」


「まさか。ありゃ素面だ。俺には立派なレディに見えてる」


 肩を寄せ合って、アデルハイトは頭を預けた。


「なら今はどうかね」


「無理だな。酔ってて止まれそうにない」


「……はは、それはいけない。だが、うん。お酒はいいものだ」


 おもむろに顔をあげて、ユリシスの顔を見る。相変わらず凛々しく美しい。ヴィセンテ公爵家という名をより磨く外見。鍛えられた体。真っすぐな瞳。今はどれをとっても愛おしい。


「私は酒に弱かったらしい。なあ、お前なら一歩くらい進んでも……」


「それくらいならいいかもな。ほんの少しだけ、」


 アデルハイトの柔らかな髪にそっと触れ、それから頬を撫でた。ゆっくりお互いに顔を近づけ、後僅かで唇が触れ合う。────はずだった。


「失礼します、旦那様。聖都のエステファニア様から連絡が……あ、これは大変失礼致しました。後ほど出直して参ります」


「いや、結構。魔石の運搬の件だろ、折り返してくれ」


 最悪だ、と手で顔を覆って首を横に振り、席を立った。


「アデルハイト、この埋め合わせはまた今度」


「あ、あぁ……。そうだな、そうしよう。その方が良い」


 酒に頼って自分はなんて事を、とアデルハイトは戸惑いを隠せず、ひとつりぽつんと執務室に取り残された後、ソファに倒れ込んだ。


「柄じゃない、こんなの」

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