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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第23話「抱えた悩み」

 それから、アデルハイトも一緒になって眠ってしまった。平和ではあったものの、ゆっくりばかりもしていられず疲れが溜まっていた。大人の時でさえそれほど真剣に働いた事もないのに、小さな体では限界を迎えるのは早い。


 目が覚めたのは夜になってから。ふと抱いていた温もりがないのに気付いたときには外は真っ暗で、月明かりが差し込むだけの寂しい空気が流れている。


「……寝すぎた」


 痛む頭を押さえる。今は何時なのだろう、と扉を開けると、ちょうど通り過ぎようとしていたメイド二人がアデルハイトに気付いて立ち止まった。


「あら、よくお眠りになられましたか」


「永遠に眠るかと。ユリシスはどこに?」


「起こそうかと思ったのですが、旦那様が静かにするようにと。今は書斎にいらっしゃいます。ジュールスタン公爵様が訪ねてこられまして」


 書斎の場所を聞いたら、礼を言ってすぐに向かう。メイドたちが案内しようとするのも、仕事の邪魔になっては悪いからと断った。いくらかは慣れた屋敷だが、必要のない場所には出入りしなかったので地図が頭に入っていない。それでも度々出会うメイドや執事、料理人などに話を聞いて迷う事なく辿り着けた。


「……ううむ。落ち着かない視線だったな」


 公爵邸で働く人々は皆がユリシスを慕って集まって来た者たちだ。アデルハイトが何者であるかは気にせず、体が度々大きくなったり小さくなったりするのは特別な病気だというふうに伝わっている。だからか優しく接するのだが、当の本人としては些か騙しているようで申し訳ない気持ちに苛まれた。


 しかも、ここ最近ではユリシスがアデルハイトに入れ込んでいて、いつかは養子としてではなく妻として迎えようとしているのだと噂が流れている。半ば真実であり、後はアデルハイト次第なところでもあるのだが。


「失礼。勝手に開けるよ、ユリシス」


 書斎の中にはユリシスとヨナスが向かい合ってソファに座り、酒を酌み交わしながら話をしているところだった。実に仲が良さそうで、しかし安穏とした気配はない。どちらも歴史ある公爵家の重みある風格を漂わせた。


「おや、これはアデルハイト卿。帰っていたのかね」


「ユリシスに会いたくてな。それよりヨナスは何故ここに?」


「うむ。今度開かれる息子の誕生日パーティに招待を」


 ウイスキーの注がれたグラスを手に握りしめて、ヨナスは疲れた息を吐く。


「まったく呆れたものだよ。我が子のために開くパーティで、私がヴィセンテの小僧に愚痴を零すなど……年寄りのする事ではないというのに」


 ユリシスがぐいっとウイスキーを煽って、ふふっと笑う。


「誰だって愚痴を零したい日もあるさ、ヨナス卿。俺はあなたみたいな堅物が愚痴を零す姿を見て、楽しいくらいだよ。人の親らしくて実に良いじゃないか」


 どうやらヨナスは随分落ち込んでいるようだと気にしながら、アデルハイトがユリシスの横にちょこんと座った。


「何かあったのか、ヨナス? まさかまたウィリーと喧嘩でも?」


「その方が気楽なものだ。問題は長男の方にあるのだよ」


 呆れたとばかりに首を横に振ってヨナスがぽつぽつと語りだす。


「あれは実に出来が良い。公爵家を継ぐだけの魔法使いとしての才能がある。……だが、人格はどちらかと言えば問題しかない。注意はするものの公爵家の人間としての品位に欠ける。ウィリーと比べても身勝手な男だ」


 酒のせいか我が子の事ながらに饒舌で、しかもその全てが悪口だ。褒め言葉などほとんど出てこない。


「表向きは善人のようでも、あれは中々に腹黒い。しかしまあ、これまでは手を出す相手もそれなりに悪行を積んだ連中だ。目を瞑ってきたが、どうも今度は伯爵家の令嬢に手を出そうとして、かなり揉めたらしい」


「そんな事の後でも誕生日パーティは開くのか」


 痛い所を突かれてヨナスは酒を呑んで苦い気分を誤魔化す。


「既にかなり準備も進んでいたし、あちこちへ招待状も送った後でね。そろそろ痛い目に遭ってもらわねばと思い、ヴィセンテを訪ねたのだ。良ければお前も来てはくれないか、アデルハイト卿。友人も誘ってくれて構わない」


 予想外の言葉にアデルハイトも目を丸くする。それほど仲が良好とは思えない者同士なので、ヨナスがひどく憔悴しているのだと感じた。


「そんなに悪いのに、なぜ後継者に?」


「跡継ぎだと決まってからだ、ひどく横暴に振る舞い始めたのは。元々ウィリーに暴力を振るう事もあった。だからわざわざ切り離したのだが」


 実際、冷たく当たったのも事実だ。ウィリーに才能がなかったのも確かだし、公爵家の名を盾にして横暴に振舞ったのは同じだった。しかし、最近では悪い噂をまったく聞かなくなった。学園祭の日から、人が変わったようにウィリーは大人しくなっていったのだ。それは喜ばしい事でもあり、同時に不安でもあった。


「お前たちのおかげでウィリーは卒業したら必ず帰るという手紙まで寄越してきた。だが、戻ってきたらアイデンにまた暴力を振るわれるかもしれない。魔法の才能では明らかにアイデンよりも劣っている。気合だけで決闘は勝てまい」


「……どうだろうな。ときには努力が天才に並ぶ事もある。ところで、」


 空いているグラスにウイスキーを注いで飲もうとして、ヨナスにグラスを取り上げられると、不服そうな眼差しを向けつつも話を続けた。


「手を出した伯爵令嬢というのは?」


「あぁ、イングリッド伯爵令嬢だよ。ローズマリーは知っているだろう」

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