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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第21話「恋焦がれる、たったひとりの」

 くよくよ考えている暇はない、とシェリアはもっと前向きに考えようと顔をバシッと叩いて気合を入れる。


「そうと決まれば、余計な事は考えないように庭で稽古してくる!」


「ああ、いってらっしゃい。私も後で行くよ」


 熱意に満ちて走り去っていったシェリアを微笑ましく思いながら、割れたカップの片付けも終えてひとまず座って休憩する。残った自分のコーヒーはすっかり冷めて、どこか味も落ちてしまった。


「淹れ直すか」


 キッチンに立ってお湯を沸かす間、ぼーっと見つめる。


「……そうか、私はユリシスが……うむ、そういうものか」


 ユリシスが子供のときからの付き合いだ。頼れる姉のような存在として生きてきたつもりだった。いつからユリシスが愛してくれていたかは、記憶の中では定かではない。だが剣を握って隣に立っていた男の微笑む姿は慈しみに溢れていた。


「気に掛けてくれるのは嬉しいが、やっぱり怖いよな」


 ユリシスの想いは強い。守りたいという気持ちは今でも持っている。だが、それでは何も守れない。鍛錬を積んで見違えるほど腕をあげた今も、居並ぶ強敵たちには遠く及ばない。だから怖いのだ、アデルハイトは。


「(……死んでほしくないな)」


 誰かを愛する事はないと思ってた。子供の頃から男は怖い生き物だと信じていた。だから自分より小さくても、きっといつかは通り超えて暴力的になっていくのだろうと。もちろん、そんなものが欺瞞の真実であるとは、それなりに早く理解した。けれども、やはり根付いた恐怖はそうしてどこまでもしがみついてきたのだ。


 だから好意を寄せられた事はあっても、寄せた事は一度もない。どんどん魔法使いとして成熟していく自分が大きくなっていけばいくほど、誰かに守ってもらうなんて考えなくなった。守りたいと言われたとき、そんなものは無理だと断じた。弱ければ自分の命さえ危ういのに、この恐怖心を拭うには足りないと。


────全てが変わったのは、ほんの少し前。花火を見た夜。


「恋する乙女の顔をしていますね、アデルちゃん」


「おおおっ!? 驚かすな、心臓が飛び出るかと思った!」


「ハハハ、それはスミマセン」


 考え事をしていたら、ルシルが入って来たのに気づかなかった。しばらく眺めていても、まったく振り向く様子もないので、とうとう我慢できずに声を掛けたのだ。危うくアデルハイトは沸かしていたケトルをひっくり返すところだった。


「本当に勘弁してくれ」


「ふふ、あまりに可愛い顔をしていたもので」


「ん。そ、そうかな……?」


「ええとっても。きっとお相手の方もそう仰るでしょうね」


「相手と決まったわけじゃ……いや、決まってるのかな……」


 付き合うと口にしたわけではない。花火の夜にユリシスが自分を守るために命を捨ててでも時間を稼ごうとする背中が大きく、儚く見えて。


「────私の前で死ぬんだと思った。アイツはそういう奴だから、私のためなら喜んで命を捨てるから。でもそれが本当に嫌だって、失いたくないって……。なんだろうな。それがアイツを意識する切っ掛けだったというか」


 絶対に自分を裏切らない。その最初の男がユリシスで、きっと彼だからこそ好きになれたのだろうと思うと、なんとなくぼんやり、何かしているときに思い出してしまう。屈託のない優しい笑顔を。


「ふうむ……。そうですね、アデルちゃんはまず勘違いしてます」


「ん? 私が?」


「はい。あなたの気持ちがじゃないですよ。これまでの考え方です」


 椅子に座って、対面したルシルはまっすぐ真剣な目つきで言い切った。


「守るというのは何も肉体的な意味だけには留まりませんよ。確かにアデルちゃんはすごい子だと思います。でも、あなたの心は過去に深く傷ついて、いつまでも治らなかったでしょう。その傷を塞いでくれたのが殿下ではありませんか。彼はあなたの心を守ってるんですよ。それって、他の方に務まりますか?」


 振り返れば一度だってユリシスは裏切った事がない。何かあれば自分がどれほど傷付こうが、損をしようが、絶対にアデルハイトの傍にいた。


 そしてずっと昔に言われた言葉を思い出す。まだ成年になったばかりの頃、暇だからという理由で、二人揃って貧民街の家の屋根から星空を眺めたとき。


『俺はさ。お前みたいに強くはなれないだろうなってわかってたよ。それでも隣に立ってたいんだ。お前が本当にどうしようもないときに、隣にいたい』


 そのときは言っている意味が分からず、なんだそれ、と笑い飛ばした。今になってみれば、言葉の真意も理解できる。戦えないなら戦えないなりに支える方法はある。守る方法はある。アデルハイトは顔が赤くなって、口元を手で覆い隠す。


「……ああ、くそ。余計な事言うから会いたくなったじゃないか」


 恋焦がれる少女の愛らしい姿に、ルシルはふふんと鼻を鳴らす。


「そういえば今朝にも公爵邸に視察から帰って来たそうですよ。……おっと、しかも運良くこんなところに外出許可証もあったりして。どうします?」

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