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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第一章

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第15話「絶対に大丈夫」

 ヘルメス寮の一階は三年と二年が使う事になっているが、生憎ながら空いている部屋が多い現状では意味のない縛りだ。食堂やシャワールームが近いという利点の一方でときどき部屋にいても騒がしく思うときがある。


 二階はいちいち距離が遠く何をするにも一階に降りなくてはならないので不便なところではあるが、部屋で魔法を勉強するには静かで邪魔が入らない。テラスにもつながっていて気分転換に外で茶会を開くのも悪くないだろう。


 五人中、三人は利便性を求めて一階を選んだが、アデルハイトとシェリアは二階を選んだ。部屋は離れているが、どちらも静かな空間を好んだ。ちょっと歩いて尋ねるくらいは気にもならなかった。


「では荷物を置いたら後で会おう。腹も減ってきたところだ」


「そうだね、じゃあ、食堂で待ち合わせしよっか!」


 各自が部屋へ向かう中、アデルハイトは部屋の前でカイラに呼ばれた。


「ちょっといいかい、アデルハイトさん」


「呼び捨てで構わないよ、私の方が後輩だろう?」


「うん……そうだね。だからこそ話があるんだ」


 真剣に訴える目にアデルハイトがくすっとする。


「あのワイアット・フリーマンだったか。大丈夫だよ、お前が心配するような事は何も起こらない」


「そうは思えないよ。彼は大魔導師だ、態度はああでもね」


 ワイアット・フリーマンが優れた人物──人格はともかくとして──である事は間違いない。魔法学園にきてヘルメス寮の生徒たちの指導員に選ばれるだけの腕を持っている。だから不安で仕方がなかった。


「これまで何人も彼のせいで自主退学に至っている。さっきのやり取りで君は間違いなく目を付けられた。……こう言っては君に悪いが、謝った方がいい」


 せっかくの新しい芽が早々に摘まれてしまうのは十分に見てきた。また同じ事が繰り返されてしまうのがカイラはどうしても嫌で、握った拳に力が籠った。


 しかしアデルハイトは依然として変わらず────。


「心配は要らない。お前が望むのなら奇跡でも起こしてやろう」


「そんな、自信を持つのはいい事だけど君はまだ────!」


 話を半分に聞き、部屋の中に入って扉を閉めた。外からは何度か呼ぶ声が聞こえたが、程なく遠ざかっていく。やっとひと息つけそうだと胸を撫でおろす。


「さて、まずは荷解きだな」


 手を仰向けに、すっとあげれば床に光の渦が現れて、トランクがぽんっ、と放り出された。アデルハイト特製の小さな異空間になっていて、どんなものでも収納できるので荷物にならない、利便性を追求した魔法だ。


「着替えは……クローゼット。魔導書は机に置いて……」


 自分の荷物を広げて、使いやすいように部屋へ整えていく。


「(どうせ散らかるんだろうな)」


 服はそのうちベッドに散らかり、魔法の研究でもしようものなら床に資料がばら撒かれて足の踏み場に困る事になる。綺麗なのは今だけだ。


「まあいいか……。そのとき適当に片づければ」


 空っぽのトランクをクローゼットの上に片付けて食堂へ向かう。まだシェリアたちは来ておらず、食堂にいたのはしっかりした体格の背の高い男子生徒だ。前髪が両目を隠していて、はっきり表情が見えなかった。


「あんたは……さっき指導員に悪態ついてた人だな」


「アデルハイトだ。お前の名前は?」


「エドワード。エドワード・クレイトン」


 大男を前に見あげて、アデルハイトがぽんと手を叩いた。


「あぁ、クレイトン子爵の! 出来の良い息子がいるとは聞いていたが、これほど立派な魔力の持ち主とは。才能もあるようだ、将来が楽しみだな!」


 何気なくかけた言葉だったが、エドワードが口をぽかんとさせる。


「知ってるのか、親父の事?」


「えっ。あ……ああ! ほら、あれだよ、ユリシスから聞いたんだ!」


「ふーん。なんか変な感じだけど褒めてくれたのは嬉しいよ」


 危うくバレるところだったと心臓がバクバクする。アデルハイトの名をそのままにしているせいか、つい普段の感覚で話してしまうところがあった。


「にしてもあんたは変わってるな。普通、ただの生徒が大魔導師に楯突くなんて信じられない。決闘でも申し込まれたらどうするつもりなんだ?」


 魔法使いが行う決闘は、騎士と同様に誇りを賭けた戦いになる。もし負ければ魔法使いとしての名声は終わりだ。そのためか、あえて避ける傾向があった。────ただし、勝てる確信があるのなら話は別だ。


 大魔導師とただの学生であれば大きな差がありすぎて本来であれば忌避されるように思えるが、魔法使いは騎士道精神など持たず格差は関係ない。敗北すれば大魔導師に楯突いた愚か者のレッテルを貼られてしまう事になる。


「まあ、私は普通じゃないから」


「……ははっ、いいね。嫌いじゃない。だが俺よりも弱そうに見える」


「見た目だけの話だろう。魔力ではどうかな」


 確たる自信の見えるアデルハイトに、エドワードはニヤッとした。


「ワイアット・フリーマンはここ数年で実績を伸ばしてる大魔導師らしい。なんでも大型の魔物討伐で貢献してるとか。あいつ、態度はクソだけど腕は間違いない。それでもあんたは勝てるって思ってるのか」


「思ってる。きっと明日には私の顔に手袋でも叩きつけてくれるよ」

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