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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第18話「受け入れる難しさ」




「……ヴィンセンティア、か。会ってみたいものだが」


 ワイアット救出から数日が経過した頃、食堂でアデルハイトは新聞を読みふける。『フリーマン夫妻、奇跡の再会』と銘打たれた記事では救助者はルシルとなっており、何が起きて魔族だとばれるか分からないのに目立つべきではないというアデルハイトの判断から、リリオラの活躍は伏せられる事になった。


「つまんないつまんないつまんなーい! ねえ、アデルちゃん、何か面白い事ないの!? このままだと退屈で干からびちゃう!」


「そのまま干からびてろ。退屈なのが一番平和で良いんだから」


 平和。そう、平和なのだ。まだ見ぬ魔将二名に対して警戒はしているも魔界から出てくるには膨大な燃料となる魔力が必要なので、リリオラたちを送った以上はやはりしばらくは安全だとローマンから言われて、ゆっくり過ごしていた。


「そういえば、もうそろそろ授業参観らしいがローマンは来るのか?」


「じゅぎょーさんかん……何それ」


「親御さんが普段の子供の授業を観に来るんだよ。私は建前上、ユリシスが見に来る事になってるが、お前たちの保護者はローマンなんだろう」


 とはいえ目的通りとはいかないのが魔法学園の授業参観だ。普通の学び舎と違って魔法学園では魔法を学ぶためだけに通うエリートの学園。つまりは魔法使いの中でも優れた家門であったり、あるいは才能に恵まれた上流階級の子供が多い。


 どちらかといえば社交場としての側面が強かった。なので平民出身の者が相手にしてもらうどころか疎外される事が殆どで、ひどいと嘲弄の的だ。基本的に平民出身で学園に入るのが難しいほど魔力さえ持たない。シェリアのようなパターンが非常に珍しいのもあって、今年は少し不安だった。


「(去年はあまりに忙しすぎてそれどころじゃなかったが、今年は特に問題なさそうだしな……。シェリアのご両親は来るんだろうか?)」


 関係が非常に良くない事を知っているから、来ていたとしたらなおさら拗れそうだし、来ていなくてもそれはそれで問題がありそうだと頭を悩ませる。


「お前ら食堂で何やってんだ、飯も食わずに?」


「おはよう、ミトラ。早起きしたものでコーヒーをね」


 ふとリリオラとミトラを交互に見る。


「お前たち魔族というのも、私たちと同じような生活習慣だったりするのか」


「んな事ねえよ。メシは一ヶ月は喰わなくても平気だ」


「……では、こちらの自称アイドルとやらはなんなんだ。食い意地張ってるが」


「お前は腹減ってなかったらおやつ食べないのかよ?」


 アデルハイトの隣に座って、ミトラは頬杖を突きながら、リリオラが美味しそうにマカロンを齧っているのを眺める。


「オレたち魔族ってのは、いわば同胞が主食みたいなもんでよ。人間みたいに料理するって概念もないから、こんなに美味いもんがあるなんて知らなかった。だから食べれるうちに食べておきたいんだよ」


 黙って聞いていたリリオラも、咀嚼したマカロンを呑み込んで頷く。


「そうよ。アタシたちはやっぱり魔族で、元々は魔物だから。受け入れてくれる人間もいるでしょうけど、どうせ大半がアタシたちを嫌うはずだもの」


 簡単に受け入れてもらえるなど高望みだ。自分たちの立ち位置がどこかなど、最初から理解している。知性など得なければ良かったと痛いくらいに。


「なぜそう思うんだ。お前たちは私たちと見た目もそう変わらないだろ」


「変わるわよ。アタシたちの本来の姿ってのは、こんなのじゃないんだもん。見たいなら見せてあげてもいいけど……ま、場所は選ぶわよね」


 リリオラがスプーンをくるくる回しながら遠目に言った。


「魔性解放。アタシたちの戦闘能力を飛躍的に上昇させる代わり、原始に近い姿に立ち戻る。人の形を保てる奴ほどバケモノみたいに強いらしいけど……問題はそうじゃない。そうなると殺気を隠せなくなる(・・・・・・・・・)


 魔族の殺気にあてられて恐怖しないなど常人には不可能だ。アデルハイトたちのように経験を積み、戦いに慣れた者だからこそ立っていられる。そうでなければ発狂するか、気を失うのが殆どで、その姿を見た者は恐怖を忘れられない。たとえ同じ魔族であったとしても実力に大きな隔たりがあると恐怖から自害してしまう事もある。魔将(シバルバー)と呼ばれる者たちは、まさしく恐怖の象徴となった。


「……オレたちが一緒にいられるのも、せいぜい一年か二年ってとこかなァ。多分、その頃にエースバルトたちは確実に仕掛けてくる。そうなりゃあ本気で戦わなきゃならねぇ。ま、オレはまだどっちにつくか決めあぐねてるが」


 良い人間と悪い人間。そのどちらに比率が傾いているか。魔族として受け入れられなくとも、必要以上にいがみ合うような態度を取るのか。決めるのは決戦の時。ミトラは傍観者、あるいは観測者としてどちらに立つかを見極めるつもりだ。


 ただ揺らぎはあった。今が楽しいのだ。人間界がどんな場所かを知るのに良い機会だと足を運んで、出会ったアデルハイトたちのまったく恐れる様子がない気配。魔族と知っていながら邪険に扱わず、一瞬の殺気すら『強いな』程度で済ませてしまう。どうしても身近な相手がいなかったミトラの最初の友人だった。


 その結果、大きく好転した事はある。魔界にいた頃は距離のあったリリオラが、徐々に打ち解けてきた。強いかどうかではなく、その心の在り方で共鳴し始めた。楽しくなって、目の前の世界が全てでも良い気さえして、それでも踏みとどまった。自分の立場が他の魔族とは同じではないと知っているから。


「ふむ。まあ、いずれにしても私は、お前たちと友人であれて誇らしいよ」


「……けっ。気前の良い事言うんじゃねえやい」


「本心だとも。まだしばらくよろしく頼むよ」


「あたぼうよ。リリオラだってそうさ。……あ、それはそうと」


 ふと思い出して、ミトラが言った。


「今度の授業参観にローマンちゃんと来てくれるってよ」

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