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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第17話「ヴィンセンティアの能力」

 手に握れるサイズの魔石に秘められた絶大な魔力は、アデルハイトの壊れかけた魔力の器でも影響なく強い魔法を連発できて不思議でないほどの代物だ。高級という言葉で括るには、あまりにも価値が高すぎる。


「よくこんな魔石が造れたな。普通の鉱物では此処までの魔力を籠める事は出来ないだろう。やはり賢者の石には及ばないが、一瞬は見紛うくらいだ」


 死んだはずの肉体は徐々に再生して元の姿を取り戻していく。ワイアット肉体に宿った薄黒い魔力の残滓を感じて、アデルハイトは目を細めた。


「どうやって魂を繋ぎ止めていたんだ……? 魔力の器が破壊されていないのも不思議だ。私でさえ賢者の石で繋ぎ止めているような状態なのに」


「魔力の器……あぁ、生命の根源ね。アタシたちは泉と呼んでるけど」


 リリオラがワイアットの閉じていく傷を指差す。


「人間も魔族も泉が壊れてしまえば枯渇して死んでしまう。魂は離れていく。でも、その泉を修復する方法があったとしたら、アデルちゃんは驚くかしら」


「……! 魔族には魔力の器を治す方法があるというのか?」


 独自ではあったが他の魔導師には辿り着けない先まで研究を重ねてきたアデルハイトにも寝耳の水の驚きの話。しかし、リリオラは少し違うとやんわり笑った。


「おおよそは近いかしらね。でも正解を言えば修復するというのは基本的に不可能よ。そもそも魔力は生物にとって益にも害にもなる。それらの干渉を受けないのが、あなたたちで言う魔力の器。アタシたちの泉。外側から触れる事は決して出来ないのが当たり前。だから賢者の石なんていう、魔族にとっても伝説的な代物の規格外な作用があって初めて多少の自由が利くわけ。じゃあどうやって治せるのかだけど、それはアタシにもよく分からないの。ただ治せる奴がいるってだけ」


 なぜリリオラが指差したのかをアデルハイトは素早く呑み込んだ。


「つまり、お前の言うヴィンセンティアという魔族であれば治せると?」


「うん。あの人、戦う能力はあんまりないけど治癒に関しては別格だから」


 魔族としての名はアトラク=ナクア。ヴィンセンティアと名乗るようになった経緯をリリオラは知らないが、少なくとも自己再生能力に加えて他者の治癒──特に本来であれば干渉不可能な魔力の器でさえ治せるほど──に特化した能力を持つのは、過去に何度も経験してきたと話す。


 今のアデルハイトには何よりも欲しい情報であり、治療できるのならば今すぐにでも会いたい衝動に駆られたのをなんとか自制するほどだった。


「アデルハイト。お前、何か焦っている事があるのか?」


 ワイアットに問われて、ぴくっと体が小さく跳ねる。


「ははっ、やだな。私が焦る事なんて何も」


「隠さなくてもいい、私はお前を叱りはしない」


「……そうだったな」


 事情を知った最初から、ワイアットは寄り添ってくれている。アデルハイトの苦手な男性の中でも、ユリシスに並ぶほど、あるいは信頼という言葉を使うのならユリシスよりも頼れる子供を守る大人だ。彼なら言ってもいいと判断して、心配をかけるのが申し訳ないと思いながらも、自身の命が危険な状態である事を伝える。


 ほんの一度の無理が、次は自分という存在を消してしまいかねない。魔力の器が限界を迎え、今は賢者の石で命が繋ぎ止められている。事実を知ったワイアットも、リリオラも言葉が出てこない。


「────まあ、そういう事だ。あまり苦に考えないでくれ。ただ少し、リリオラのおかげで希望を感じられた。そのヴィンセンティアを見つければ私の魔力の器は治してもらえるかもしれないだろう」


「……うん、そうね。でも、どうやったら見つかるかな」


 考え込むリリオラに首を傾げた。


「お前の能力で探す事はできないのか?」


 期待の眼差しを向けるが、返って来たのは否定だった。


「アタシより上位の魔族なんて見つけらんないわよ。多分、姿を現さないって事は理由があってのはず。最上位魔族は存在の圧に負けてアタシの音波は届く前に掻き消されるわ。そこまで万能じゃないもん」


 それはそうだな、とアデルハイトも深く頷く。


「悪い、忘れてほしい。縁があれば会えるだろう。……さ、治療も済んだ。リリオラ、ルシルを呼んでやってくれ」


「はーい! 行ってくるわね!」


 小屋の外で騒ぐ声が聞こえてルシルが小屋に飛び込んでくる。長い間待つように言われて、必死に何事もないようにと祈り続け、ようやく対面した愛する者の顔を見た瞬間、しばらく時間が止まった気がした。


 無言で駆け寄って抱き着いたルシルがわんわん泣き出すと、ワイアットは困ったような、嬉しいような、色々な感情の混ざり合った優しい顔で頭を撫でた。


「(うむ……。私は外に出ていよう)」


 やるべき事はやった、と未だ魔力が絶大に残る魔石を握りしめて小屋の外に出た。頬をつねる冷たい風に表情が強張り、早く帰りたくなる。


「アデルハイト、うまく行ったんだね?」


「ああ。私はリリオラと少し話があるから後でな」


「……? うん、わかった」


 アデルハイトはリリオラの手を引いて小屋から少し離れ、周囲に音が漏れないように結界を張った。


「えっ、なになに。アタシ何かしちゃった……?」


「いいや、そうじゃない。お前ともう一度、話がしたくて」


 手の中にある魔石が黒いもやのような魔力を霧散させていく。役割を終えたからなのか、魔力が失われ始めて輝きも段々と弱まる。しばらくすればただの石ころになってしまう。アデルハイトはジッと見つめながら────。


「私の治療魔法が使えなかった。いや、正確に言えば使ったにも関わらず別のモノ(・・・・)に変換された。そういう仕掛けが施してあった。だがワイアットの傷は塞がった。もう予想はついてる。後は確信がほしい。正直に答えてくれ、リリオラ」


 尋ねる前に軽く深呼吸する。もし考えている事が正しいのであるならば、必ずヴィンセンティアに会わねばならないと感じたから。


「────ヴィンセンティアの能力は〝時間を巻き戻す〟……だな?」

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