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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第16話「古い魔族」

 リリオラを追って辿り着いたのは猟師小屋だ。見るからに今は使われていない。ただひとつ不可解なのが、結界で守られている事だった。アデルハイトが指で触れたとき、ワイアットの魔力とは違うと分かった。


 猟師が事前に魔石で保護をして魔物や野生動物が入らないようにする事はよくある話だが、多くの魔法を見て、触れてきたアデルハイトの分析は正確で、小屋を守るだけにしては異常に強い魔力で結界が生成されていると驚いた。


「……無理に壊そうとすると跳ね返ってくるタイプだな」


「あ、それならアタシが開けられるかも」


「何を言ってる? 結界は術者と内部の者以外には通れな────」


 遠慮なくリリオラが指を触れて、ほんの僅かに魔力を注ぐ。結界がふわんと揺れると同時に、今度は多量の魔力を注ぐ。すると結界が罅割れた。


「ん。アタシが見たものとは違って脆いわ。ぼろぼろに崩れちゃった」


「ああ、見れば分かる。分かるが……反発式の結界に解き方があったのか」


 ひとつ勉強になった、とアデルハイトが消えていく結界の残滓を眺めた。


「ふふん。わざと脆くしてあったのかもね、アタシの知ってる扉は結界が壊れる事はなくて施錠みたいな役割だったから。とりあえず開けてみましょ」


 念のため警戒して徐に扉を引いて開ける。中はいかにもな殺風景の猟師小屋らしく道具などが丁寧に片付けられているだけで、人の気配はない。しかしリリオラは確かに小屋の中から魔力を感じたので、絶対にいると確信を持つ。


「ちょっと。隠れても無駄よ、アタシには絶対に分かるの。……えーと、名前なんて言ったっけ。そう、ワイアット! アタシは助けにきたのよ!」


 狭い小屋の中に響く声。奥の積まれた藁が、ガサゴソと動く。


「……わかった、信じるから声を張るな。傷に響く」


 乱雑に詰まれた藁の中から男が出てくる。魔力の持ち主だと認識したリリオラは気さくに挨拶をしようとするが、その姿を見て絶句した。


「なにそれ。どうやって生きてるの?」


 片目は潰れ、心臓があるはずの場所には風穴が開いている。本来であればとても生きているとは思えない状態だが、ワイアットは元気そうに答えた。


「色々と伝えたいが、お前だけなのか。他に誰か……」


「私がいるよ、ワイアット。他の奴らも」


 小屋に入ったアデルハイトが扉を閉めた。中の様子を窺ったとき、あまりにもひどい姿をしていたので、ルシルたちを中には入れられなかった。


「久しぶりだな、アデルハイト。こうしてまた話す事があるとは」


「笑っていられる状況か。お前生きてるのか?」


 申し訳なさそうにワイアットは首を横に振った。


「残念ながら殆ど死んでるそうだ。黒いローブで身を隠して、ブツブツ何か呟いてる奇妙な女性が私に延命処置をしたようでね。そいつからこんな魔石を受け取った」


 差し出されたのは、異様に魔力の籠った魔石だ。アデルハイトが賢者の石かと見紛うほどに魔力が凝縮されている。


「あっ、これヴィンスの魔力じゃない。あの人がいたの?」


「ヴィンスとは誰の事かね、えっと……」


「ごめん、自己紹介が遅れたわ。アタシはリリオラよ」


「わかった。リリオラ、そのヴィンスとはお前の知り合いかね」


 尋ねられると自慢げにふふんとリリオラが鼻を鳴らす。


「うん。超古い頃の魔族で、元々は魔将の星(シバルバー・ロード)だった子よ。名前はヴィンセンティア・アトラク=ナクア。魔界の母とも呼ばれた怪物ね」


「おい、リリオラ。そんな奴が魔界から人間界に出てきてるのか?」


 聞いてないぞとお怒りのアデルハイトに、リリオラは慌ててブンブンと手を振って「アタシだって知らないのよ!」と必死に釈明する。ヴィンセンティアは魔界においても人間界へ行く独自の手段をいくつも持っている。魔界と繋ぐ道が閉ざされたとしても他の方法を以て人間界へ出没できるのだ。


「ヴィンスはとても賢い魔族……で、その、賢いし異名も凄いんだけど」


 なんと言っていいか分からないと頬を指で掻き、恥ずかしさと申し訳なさの入り混じった気分で、薄ら笑いを浮かべながら────。


「なんかすごい変な妄想癖あるというか……その、ちょっとね。アタシと同類のはずなんだけどアタシより変わってるというか。常に独り言呟いてて。えっとね、お気に入りの真っ黒なローブ着てて、ずっと『封印されし左手が疼く』とか『このままでは世界は破滅への道を辿ってしまう』とか、なんかそんな感じの事いつも言ってたの」


 ああ、なんだか子供のときにそういう感じの言葉を呟いて孤高感を演出してる子がいたなぁ、とアデルハイトもワイアットもなんとも言えない気持ちを抱えて、うんうんと頻りに頷いた。


「……ん? 待てよ。リリオラ、そいつの背丈って……」


「アデルちゃんとそんなに変わんないかなぁ」


「人混み好きだったりするか」


「ええ。人混みの中にいると安心するって言ってたわ。自分が特別じゃない感じがして心地が良い、選ばれし者の安堵が此処にある~とか言って」


 しばらく考えた後、アデルハイトはふとひとつの記憶に突き当たった。


「なあ、そいつどれくらい前から魔界にいないんだ」


「三年くらい前かな。アタシに人間について知るように勧めてくれたのも、アタシが人間に友好的なのも、全部ヴィンスのおかげだもの」


 リリオラの話を腕組みして頭の中でまとめていく。いつも黒いローブで自分を覆い隠しながら、ブツブツ何か変な事を呟いていて不審人物めいた、人混みの中が好きな魔族。────見たなぁ、多分。と思った。


「……学園祭のときにぶつかった奴かもなぁ」


 何を言っていたかまではハッキリ聞き取れなかったが、今思い返してみると妙なやつだった。帝国軍の強襲もあって関係する誰かだったのだろうと勝手に思っていたが、まさか魔族だとは想像もしなかった。


「なんにしても、そのヴィンセンティアとやらのおかげでワイアットの治療ができそうだ。ルシルに会わせるのはそれからにしよう」

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