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賢者の瞳は朱色に輝く  作者: 智慧砂猫
第三章

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第13話「大切な人を探しに」

 聞かなきゃよかったと思う反面、聞いておいてよかったとも思う。続きに耳を傾けてみれば、今後しばらくは安全が保障されている事に加えて穏健派の魔族は何があっても人類の味方であると宣言までしたのはホッとした。二人も英雄を失ったという現実は、王国にとってもかなりの痛手だ。それまでに軍部で実情を話して、方針と対策を考える方向へ舵を切れると判断できるから。


 しかし、それはミトラたちを危険に晒す行為にほかならない。アデルハイトは「軍に情報は漏らさないで欲しい」としっかり釘を刺し、万が一にも話す事があれば口裏を合わせて何がなんでもルシルも巻き込むつもりだ。


「嫌だあぁあぁ……! 私にはまだ子供がいるんです、巻き込まないでください……旦那だっていつ帰ってきてくれるかもわからないのにぃ……!」


「まあそれは気の毒だと思うが……」


 生活がかかっているのに、得体の知れない魔族を匿ったせいで職を失うどころか、きっと人々から非難の的になるのは間違いない。これからを生きていくために息を潜めるのにも限界がある。なんて事だと突っ伏した。


「先生、ボクたちにも手伝える事はありませんか」


「私を助けてくれる事でしょうか」


 アデルハイトの代わりに話すシェリアがニコッと微笑みかける。


「それは無理かなあ。でもほら、その代わり黙っててくれるならボクたちで出来る事はやりますよ。もちろん裏切られたりでもしたときは、そりゃあ同じ仲間であっても確実な安全なんて保障できないですけど」


「いやそれ脅しじゃないですかぁ……! 助けてワイアットォ……!」


 結構ポンコツだな、とアデルハイトはしんみりジュースを飲む。とはいえルシルも大人だ。最後には合理的な判断の下、司令部へ事実を伝えてしまうだろうとなんとなく想像はできる。ルシルを味方に抱き込むためには相応の信頼を得なくてはならない。そこで、ふとアデルハイトが思いついて手を叩く。


「あ、そうだ。ミトラ、お前他人の気配を追えると言ってたな?」


「ああ、できるけど」


「どのくらいの範囲で追えるんだ」


「どうかなあ……。少なくともこの都市全域の範囲は確実かなあ」


 ぼんやりと考える途中でリリオラがひょいっと手を挙げた。


「はいはい! アタシ多分、ミトラちゃんより追えま~す!」


「目立ちたがりだよなあ、お前。オレは別にいいけどさ」


 捜索にはリリオラの方が向いているのは確かだとミトラも認める。元々、リリオラは蝙蝠の魔族で特殊な音波を放って生物の身に宿る魔力を感知する能力がある。捜し人がいるのなら任せておけと胸を張った。


「……ルシル、ちょっといいか」


「なんですか。これ以上脅されても何もできませんよぅ……!?」


「いや、そうじゃなく。ひとつ提案があるんだ。取引をしないか」


「それは私に不利な条件だったりするんじゃないでしょうか……」


 もはや同じ人間にさえ不信感を抱くようになってしまった疑いの目に、アデルハイトは苦笑いで「そんな事ないさ」と答える。それから一度だけリリオラたちに視線を戻して────。


「見つけに行かないか、ワイアットの事。帰って来て欲しいんだろ」


「……! み、見つけられるんですか、あの人を……!?」


「うん、まあ、聞いてなかったみたいだからもう一回説明すると────」


 範囲は広くワイアットの魔力がどういったものか分かれば、リリオラには見つけてから捕まえるまで数分と掛からない。居場所を突き止められるなら今すぐにでも会いたい。心からそう思った。どんな手を使っても。


 考える時間は要らなかった。ルシルは真剣な眼差しでリリオラに「お願いできますか、リリオラちゃん」と尋ねる。失ったものを取り戻す最初で最後の機会かもしれない。もしリリオラやミトラが世間的には邪悪な存在だとしても、それ以上にワイアットは大切な家族だ。このまま死んだ扱いにして風化するのは嫌だった。


「いいわよ、もちろん。大切な先生だもの!」


「うむ、そうと決まればいつ行くかだが……カイラ、ちょっと」


 隣の席でずっとポテトだけ食べているカイラがなぜ自分にと驚いた顔をして、慌てて口の中にあったポテトを勢いよく水で胃に流し込む。


「んぐ……。な、なに、私にできる事でもあるのかい?」


「お前聖都に旅行の予定だろ。これから出発か」


「そうさ。もう連絡は入れたけど、祝勝会が終わったら出発しようって」


「ではアンニッキにポータルを開いてもらおう。ついでだから」


「魔力の節約かな。君、確か今はかなり魔力の制限が掛かってるんだっけ」


「ああ。それと魔族はポータルを開けないらしい、魔力の在り方が違うとかで」


 人間、鬼人、そして魔族。それぞれの力の在り方は少しずつ異なり、技術も違う。人間にできる事が魔族にできない事もあれば逆も然り。どちらにも寄っている鬼人もまた、できたりできなかったりと複雑だ。


 魔族が人間と違ってポータルを開く事ができないのは魔法という技術をそもそも必要としないからだ。魔力とは個々における能力を行使するためのエネルギーであって、周辺にあるエーテルを利用するのではなく取り込んでしまうといった肉体的性質を持ち合わせていて、魔法に頼る理由が存在せず学習する事がなかった。


「わりぃなあ。オレたちもポータルなんて便利なもん知ってたら、もっと魔法を学習しておくべきだったぜ。ここだと結構、色々学べて楽しいよ」


「穏健派の役得って奴かしらね。ローマンにも感謝しておかないと」


 元々、中立派でも人間界に行くのは否定的だ。意思疎通などできるはずもないので、技術だけでも横取りして時期が来たら始末したらいいと考えるような相手に納得させるのは、メルカルトとローマンの古株だからこそ出来る事だった。


「お腹もいっぱいにさせてもらったし、アタシはいつでも準備おっけいよ!」


「ならそろそろ出発しようか。あまり大人数も必要ないし、何人かに絞っておこう。ルシルとリリオラ、それから私と……他に行きたい奴は?」


 特にワイアットと関わりのない面々ばかりの中、シェリアがビシッと手を挙げた。しっかりお世話になった仲間のひとりなので、ずっと安否は気になっていた。せっかくなら自分も迎えに行きたかった。


「よし、ではカイラ、案内を頼めるか? お前の家、知らないんだ」


「そうだったね。構わないよ、ついてきてくれたまへ!」

 

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