第12話「悪い夢だ」
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「アタシも戦いたかったなぁ~! 阿修羅ちゃんてば、前に会ったときより確実に強くなってるもん。いいなぁ、強い人。戦いたいなぁ!」
「メシ食いながら物騒な話をするんじゃないわいのう……」
あのヨナスをぎゃふんと言わせた祝勝会にルシルの奢りでレストランへ来て、それぞれ好きな料理を注文して阿修羅を称える中、リリオラがニコニコと笑っているようで明確な戦意を見せつける。魔物としての血が騒ぐのか、それとも自身が目立ちたくて戦いたいのかはリリオラにも分かっていない。
「だってだって、あんなの魅せられたら誰だって戦いたくなるわよ。あの仏頂面のにん……おじさんが、憑き物が落ちたみたいにスッキリした顔してたもん」
「オレも同意見だな。こっちにゃ大した奴なんていないと思ってたけど」
人間界に足を運んでからというもの、ミトラが見る者はそのほとんどが『魔物一匹にも手こずりそうな奴』ばかりだった。やっと会えたアデルハイトたちでさえ上位の魔族には手も足も出ないのではないかと考えすらした。
だが、阿修羅はそんな考えを突風の勢いで吹っ飛ばしてみせた。帝都での敗北以後、ひたすらに己を磨く二か月間。自らの結界の中で、これまで努力というものを殆どしてこなかった阿修羅が初めて行った本格的な修行の成果だ。
「フ、そう褒めるでない。じゃがのう……」
ちび、とオレンジジュースを飲んで、視線はミトラに向かう。
「ミトラ。わちきにはどうにも引っ掛かる。ぬしは一体、どれほどの魔物を喰らってくればそうなるのじゃ? リリオラさえ羽虫に思えてくるわ」
切り分けられたステーキを指でつまんだミトラが、口を開けたまま驚いて阿修羅をぽかんと見た。まさか、そんな質問をされるとは思っていなかった。
「あの一瞬でよく分かったな?」
決闘が佳境に入ったとき。金棒を振り下ろす瞬間のヨナスが割って入ると言う確認のもと間違いなくウィリーを殺す勢いだったのを見て、ミトラは全身が総毛立つほどの興奮を感じた。自分の決断を信じて疑わない、殺意の込めた一撃。もしかすると寸止めできたかもしれないが、仮にそうであったとしても阿修羅はそうしなかったと分かる。決断は常に一度きりで、闘争とはそれの連続であると知る者だから。
人間にも魔物にも近い種族である鬼人は、ミトラの中にくすぶる闘争心を瞬間的に燃えあがらせた。戦いたくてたまらなかった。
「……オレには善悪の区別ってのがよく分かんねえ。でも、ローマンが言ってた。『善いも悪いも、己の目で見て判断するもの。良いと思うのならばそれは我々にとっての善である。君の往くべき道を往け』って。だからそれに倣ってる」
「ほーん、あの片眼鏡つけたクソ野郎が。案外まともな事も言うんじゃの」
長年生きた魔族は人間の常識が通じないだけで、人間に匹敵する冷静さを持っていて対話が可能なほどの者も多い。それらの魔族は中立派と穏健派に多く別れていて、より本能に近く忠実な暴虐で以て迎えようとするのが過激派だ。
ミトラは、そのどれにも未だ属していない。ただ、本能を拒絶しきれていない部分が若く、過激派に寄っていると言えた。だから一瞬だけ殺気を放ってしまった。あまりに強いせいで、かけ離れた実力の者には判別できない殺気を。
「オレも制御しようとはしてんだよ。こういうのは慣れだってローマンも言ってたけど、オレより若いリリオラが出来てんのになァ……」
「そりゃあアタシは一流の才能ですもの」
ふふんと鼻を鳴らして割って入ったリリオラが、皿にたっぷり盛られた果物を独り占めするように抱えてりんごを齧りながら────。
「でもほら、あなたなら一年も掛からないでしょ。ただでさえ生まれたときから怪物級に強くて片っ端から魔族を捕食してたって聞いてるけど?」
少し離れた席でワインを飲んでいたルシルがピクッと動く。
「……今、奇妙な話が聞こえた気がするのですが。魔族とはなんです」
すかさずアデルハイトが素面を装って誤魔化そうとした。
「気のせいだろう。魔物の聞き間違いじゃないか?」
「だとしても捕食してたとは、言語として適切ではありませんよ」
想定以上に強く切り返されてアデルハイトがリリオラを睨む。だが、ミトラが小さく手を挙げて、心底どうでもよさそうに言った。
「どうせいずれ隠してもバレる事だろ? せんせを騙し続けるのはオレも気分が良くない。この機会だからはっきりさせちまおうぜ」
「そうそう、リリオラちゃんも賛成。今のうちに味方も増やしておきたいし」
張本人である二人が言うのだから否定のしようもない。いまさらルシルに隠したところで意味はないし、良くも悪くもミトラとリリオラは友好的な部類だ。話せば分かってもらえると信じる事にを選んだ。
「ンまぁ、つまりあれだ。めちゃくちゃ簡単に言うと、オレたちは人間サマってのをよく知るために魔界から来た調査チーム……ってとこかな?」
「そーね。アタシたちは皆と仲良くなりたいって思ってるから」
分かってもらえるだろうか、と不安な面々に対してルシルは小さく息を吐いてグラスのワインを一気に飲み干すと、先ほどまで紅潮した顔が一瞬にして青ざめる。それから苦笑いを浮かべて────。
「そんなの困るわ。夢であって、お願いだから」




