第11話「道は示された」
金棒を両手に構える。ヨナスは抵抗もしない。ここで死んだとしても、決闘を受けたのは自分なのだから、最大限の敬意を払おうと敗北を選んだ。
「ま、待てよ! 阿修羅、待って!」
慌ててウィリーが割り込んで、ヨナスを庇うように立った。
「もう親父の負けだ、降参した! ここまでだ!」
「……阿呆、その者は負けを宣言しておらぬ。決闘はいずれかが再起不能になるか、死ぬまで続ける。甘んじて受けるというのなら叩き潰すだけじゃ」
金棒を強く握りしめて殺気を放つが、ウィリーは動かなかった。
「た、確かにそうだけど、俺の親父なんだよ……。そりゃあ好きかって言われたら、好きになれない。生まれたときから才能のなかった俺にはちっとも愛情を注いでくれなかった。……それでも 俺はこの人に認めてほしいって思ってる。そんなちっぽけな夢も、ここで死なれたら叶わなくなっちまうだろ!」
吼える青年の瞳に灯った炎を見て、阿修羅はニヤリとする。それから、すうっと息を吸い込んで、覚悟の決まった姿に吼えて返す。
「だったらここで親父の代わりに死んでみるか、小僧! 叶わぬ夢、打ち砕かれる夢と知ってもなおわちきの前に立つんかい! えぇ、おい!」
「そ、それでも退かないからな! 脅したって無駄だ!」
阿修羅が金棒を振った瞬間、ウィリーがぎゅっと目を瞑った。腰は落ちていて足はガクガクと震えているが、それでも退こうとしなかった。しかし、当たる気配はない。しばらくしてゆっくり目を開けたとき、彼の目の前には、後ろにいたはずのヨナスが立っていた。片腕からぼたぼたと血を流して。
「なんだ、加減をしてくれるとはな」
「ガキには十分な威力だったはずじゃがのう?」
「……フ、そうだな。私の負けだ、六天魔阿修羅」
ヨナスが敗北を認めた瞬間、決闘は終わった。
「親父、なんで?」
信じられない光景だった。あれほど自分を毛嫌いして空気のように扱っていた父親が、目の前で庇ったのだ。本来であれば見捨ててもおかしくないのに。
「腐っても我が子という事か……。まったく自分が嫌になる」
折れた腕をぶらんと下げて、くくっ、と自虐的な笑いを零す。
「相変わらずの出来損ないだ。それは変わらない。だが、お前が私に認めさせるというのならやってみるといい。今は、その心意気だけでも認めてやろう。……フェデリコ、医務室へ行く。肩を貸せ、腕が痛む」
「素直じゃありませんねぇ、上官殿は」
ぎろりと睨まれるとフェデリコは視線を逸らし、口笛を吹いて誤魔化した。余計なひと言だったな、と減給処分を覚悟しながら。
運ばれていくのを見届けて阿修羅は体を子供の姿まで縮ませた。
「ちっ、腕の一本くらい落とすべきじゃったか」
「やめておけ。十分な本音は聞けただろう。不器用な親ではあるが」
呑み込みの悪いウィリーでも分かる。ほんの一部分でも認められた。たとえどれだけ努力を重ねても滅多と評価を覆す事のない父親。ヨナス・ジュールスタンの数少ない例のひとつになったのだ。
嬉しさが込みあげてきて、静かに拳を握りしめる。まだ小さな一歩。大きく喜ぶのは、いつか来るときまで取っておこう、と。
「それにしても驚きましたよ、阿修羅ちゃん。なんなんですか、さっきの。とても普通ではないし……学園にいる理由あるんです……?」
ルシルが恐る恐る尋ねてみる。阿修羅がヨナスに勝利するのさえ想像できていなかったのに、無傷で決闘に勝利するなど信じられない。学園では未来の魔導師たちを育てているが、特別指導員でも教える事などないだろう、と強く思う。
「うむ、まあ、色々と訳アリでのう。これでも、ぬしらとの交流が目的で通っておる。既に許可は降りておるゆえ気にするな。わちきら妖力を操る者とは些か異なる術ばかりじゃから、これでわりと学ぶ事は多いぞ」
「そ、そうですか……。でしたらこれからもよろしくお願いします!」
元気のいいルシルに、こちらこそ、と阿修羅は握手を交わす。そろそろお開きだと言ったところで、ウィリーが阿修羅に問いかけた。
「なあ……。どうして、親父の決闘受けたんだよ?」
「奴はわちきを弱いと言うた。何を基準でかなどよう分かる」
べっ、と舌を出して阿修羅は中指を突きたてた。
「人を見る目の才能もない男に灸を据えてやったまでじゃ」
わいわいと阿修羅の勝利を称えながら祝勝会でもやろうと騒いで訓練場を後にするのを、アデルハイトがフフッと眺めてウィリーの方をぽんと叩く。
「何も戦う事だけが魔導師としての素質じゃないのさ、ウィリー。治療魔導師がいるように、多かれ少なかれ皆が何かの役割を持っている。それを最後まで全うできるかどうかってのも大切だ。あの男はやっと理解したんだよ」
阿修羅たちを追うようにアデルハイトも歩き出して、まだぼうっと立っているウィリーにひらひらと手を振って────。
「阿修羅は確かに、お前のために道を示した。だから大丈夫、いつか立派な魔導師になれるよ。私たちが保証してやるとも」
目の前には険しい道がある。ウィリーには、その辿り着く先など遠すぎて目にも映っていない。進み続けるのが正しいのか間違っているのかも分からない。だが、以前のように立ち止まる気はなかった。
大きな背中を見せてくれた先達に感謝して、新たな一歩を踏み出した。
「待てよ、置いてくなよ! 俺も参加させてくれって~!」




